本日の徹子の部屋ゲストは村冶香織さん

2002年1月22日

黒柳「以前こちらにお伺いされた時は17歳になったばかりのことで高校生でこんなにうまい人がいるのかとビックリしてたんですけど高校をその後卒業なされてパリの方に」

村冶≪はい2年弱≫

「アランフェス協奏曲っていうのがあるんですけどアランフェス協奏曲っていうのはギターが好きな方はみんな好きよね」

≪そうですね。ギターを勉強する人だったら引いてみたいなと思うし、またギターをやってない音楽好きの人でも一度は聞いたことのある曲です。≫

「ただすぐ引いてっていってもすぐには引けない」

≪オーケストラとの曲なのでなかなか≫

「ただ幼稚園の時から大人になったらギターリストになりたいていう夢があってお父様が教えて」

≪はい今でも教えてるんですけど3歳前から≫

「そのときはどういう曲を弾きになったの」

≪この時は単旋律のちょうちょとかチューリップとかクラシックというのではなくて童謡とか≫

「でもみんなが歌うようなものは自分で引けた。村冶さんにとってはギターを弾くっていうのはご飯を食べる、歯を磨く、遊ぶっていうのとおんなじだったんですって」

≪そうですね日常の生活の中にあったっていうか≫

「でもお父様が教えてくださるからといって楽しくやれるわけではなくてイヤだなって思う子もいるしあなたの場合は」

≪いつギターをはじめたっていう感じがなかったんでずっと続いていくものだと。だから今日は見たいテレビがあって練習したくないなっていうぐらいのもので本当に止めるか続けるかっていうシリアスに考えるようなことは無かった≫

「10代でお若くいらしてるんですけど本当にギター一筋ということでした。で高校を卒業なされてパリに留学なされて」

≪今はパリから帰ってきて2年ぐらい経ってるんですけど去年スペインに3ヶ月ぐらい滞在してその中でDVDを収録して≫

「ご自分のCDをアランフェス協奏曲を作曲されたすごい方にお送りなさって」

≪そうですね高校生の時にロドリゴさんの曲をソロで収録して≫

「ロドリゴ」

≪1901年生まれの人です。日本の音楽評論家の人が送ってくださったんです。≫

「まだご存命とは思わないですよね」

≪今生誕100周年なんですよ。私自身も普通弾く曲っていうのはなくなった方の曲ばかりなので作曲家の人とお話できるというのは無いんですよ。ロドリゴさんも地球上のどこかには生きているというのはわかるんですけどなかなか実感はできなかったんですけど≫

「その方の作られたものばっかりを収録したCDをお送りなさった」

≪はい。パリに行ったときにロドリゴさんからあなたのCDを聞きましたと≫

「しかもお手紙を下さったんですってその時は何歳ぐらいの方かわかってました」

≪はい≫

「その時は98・・・」

≪でその手紙の最初のほうにマドリッドの住所が書いてあって本当にここにいらっしゃるんだって。そこで自分と作曲家とつながった気がして今日持ってきたんですけど≫

「作曲家の名前は譜面に書いて歩けど住所が書いてあると」

≪ここに行けば会えるんだって≫

「会えるかもしれないって。本当に心のこもったお手紙でもら他時はうれしかったでしょう。あの方って目の見えない・・・」

≪3歳の時に失明されて≫

「そのお手紙を読まさしてもらっていいですか」

≪はい≫

「親愛なる村冶ジョウヘ

あなたが私のギター独奏曲のいくつかを録音されたCD”パストラーデ”を私ははかりしれぬほどの喜びを持って聞きました。あなたの強靭なテクニックと感受性に満ち満ちた解釈がもたらす魅惑的なとくひつを私は大切なものに思います。親愛なる村冶ジョウあなたに輝かしいキャリアが開かれるように祈ります。あなたを私の作品の演奏家の内に数えることができるのは幸せです。

あなたの友  ホアキン・ロドリゴ

あなたの友って書いてくださって」

≪気づかってくださったのは私その時フランスにいたのでフランス語で書いてくださって。それでいよいよ会っておはなっしたいと思ってその時別なテレビの番組で私のフランスでの生活をドキュメンタリーで撮っていただくというのがあってロドリゴに会いに行くというのにしませんかと提案したら許可してくださって結局テレビカメラでもあったときを収めることができましたし≫

「おうちに訪ねていらしたらお嬢さんがいらして」

≪還暦を過ぎたぐらいのお嬢さんがいらしてすごくチャーミングな方でリビングに通してもらって父はそのドアの向こうにいますと≫

「心の準備はいいのってお嬢さんに」

≪そうですいい意味で演出してくださって。あったらちゃんと背広をきて座ってらして≫

「そこであなたは何曲か引いて」

≪その時はロドリゴさん風をひいてらして15分ぐらいしか会えないかもっていわれてたんですけど実際は45分ぐらい時間をとっていただいて2曲弾いてその時印象的だったのが点字の楽譜というのがあるんですけどロドリゴさんが指でなぞりながら聞いてくださってた≫

「ギターの方のすごい方かと思ったらピアノもお引きなさる」

≪ご自身はピアニスト兼作曲家で≫

「そうなの」

≪話し押している最中も引かれててもしかしたら自分の世界に入っているのかなと思ってたんです。ただでさえ90歳を超えた方の存在感はすごくて普段接っする機会は無いのでそれがまたロドリゴさんということで2重にすごい空気感ていうかなにか手を握っただけでふわっとして≫

「何かをおっしゃってくださったかもしれませんけど」

≪何か会話をするというわけではなかったんですが≫

「このアランフェス協奏曲というのは元々アランフェス城というのがあって」

≪はい。かつてスペインの王宮の人たちが避暑地として使っていたところなんです≫

「そこにいらした時の印象がこのアランフェス協奏曲でロドリゴさんのお嬢さんのシシリアさんのおかげで城内で演奏することができた」

≪DVDを作る時にアランフェス宮殿でアランフェスっていうのはどうだろっていうことで。すごくシンプルなんですけど。チャペルで引いたんですけどここは普段観光客の人たちは入れないところで≫

「あなたの手がねえあんまり大きい手じゃないんですけど長さがここんとこおんなじでね」

≪左手のほうが大きくなるんですよ≫

「ずいぶんですよね1cm近くなおかつこの間Vサインしていただいたらすごい広がりかたで」

≪中学校の時の集合写真で私だけすごい広いんですよVサインが≫

「これだけ広がるっていうことがねえギタリストとして指をどんどん動かすのにすごくいいんだなって」

≪よく手が大きい人がいいんですかって聞かれるんですけど確かに大きいほうがいいんですけど元々持ったものをどう生かすかいう≫

「広がりっていうのはかなりのとくっていうことですよね」

≪柔軟性はあるかもしれませんけど≫

「さっきのロドリゴさんの話に戻りますけどロドリゴさんはアランフェス協奏曲で有名になった方?」

≪そうですね色んな曲を書いてらっしゃるんですけどアランフェス協奏曲が有名ですね。≫

~DVD映像再生~

「まあアランフェス宮殿ていうのはきれいなところですね」

≪また空の青と建物のコンストラストがはれて≫

「マドリッド州立管弦楽団と一緒に」

≪はい≫

「これはあなたの一生の中でいい思い出でしょうね」

≪そうですねかけがいの無いものですね。手紙をいただいたことからずっと継続してこういうことまでやらしていただいたことがうれしくてまた今年もロドリゴ室内管弦楽団と日本で一緒にツアーをさせていただくことができて≫

「すごいよかったですね」

≪シシリアさんも多分いらしてくださると思うんですけど≫

「やっぱりパリで勉強なさったけどギターでいうとスペインということですからねえ」

≪またシシリアさんが日本にいらしたら娘さん自身の言葉でまたいろいろなロドリゴさんのこととか紹介したりエピソードが広まればいいなと思います≫

「まあギタリストとしてスペインの生活が本当に良かったそうですけど」

≪3ヶ月を満喫という感じで。ホームスティをしたんですけどDVDの製作の1ヵ月半ぐらい前にマドリッドに行きまして現地の家の方のところに住んで語学学校に通って仕事以外では日本人の友だちとかはいなくて。自分がパリにいた時はすごく友だちも多くて日本時の家庭にホームスティをしていたんですけで≫

「日本人の家庭にホームスティしてらしたの」

≪お母さんが日本人でお子さんがハーフで。スペインのにはまったくスペイン語を勉強せずに言ったのでホームスティ先のお母さんとしゃべれなくてなにも通じなくてどうしようと思ってでもなんとかコミュニケーション取れるようになって≫

「でもいろんな国の方がいらっしゃいますけどスペインの国の方っていい人多くありません」

≪そうですねすぐに心を開いてくれるという感じがするのでこちらも開放感をすごく味わえますね。あの隣の家の人紹介してあげるからあなた来なさいって言って連れて行ってくれたりどんどん人の輪が広がるっていう感じがあるんですよ≫

「ちょっと弾いて弾いてっていわれないの」

≪ありますよ。それがすごくプラスになって。言葉が通じなくてもそれで気持ちを引いてその後に少しづつ話していけばいいという感じで。後印象に残っているのはディスコに行ってすごく楽しかった≫

「どんな」

≪普通の。クラブじゃないんですけど。垢抜けない感じで。結構10代の人から50代の人までいて。着ている格好もジーパンとスニーカーで≫

「それじゃああなたとしては普段の生活ではあまりないような」

≪はいはめもはずしました≫

「本当に良かったですね」

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