2002年4月29日
黒柳「ごぶさたをしております。芸能生活もずいぶんになって」
武田≪そうですね30年過ぎて31年目になったんですけども≫
「なんといってもお嬢様がずいぶん大きくなって」
≪上が25、下が22ですねえ。もう大学は卒業しましたんで親係というのは終ってしまいました≫
「お勤めして」
≪はい勤めております≫
「お宅の小さい時のメロン騒動はもう昔だものねえ。西田敏行さんの家族と一緒にしゃぶしゃぶを食べに行って」
≪まあ西やんがメロンはいつも食べてるからって言ったら子供たちが「いつも食べているのは柿」って正体ばらして≫
「その話を伺ったのはつい最近のことと思ってたんですがもう大きくなって。しかもあなたがお母さんに捧げるバラードをお作りになった後で仕事が無くなって子供を生むか生まないかってお金がかかるしって大変な時期があった時にできたお嬢様ですから」
≪この間金八先生やったんですがパート6の金八先生終了したんですが子供が大学卒業する日に金八先生を収録していて式に出れなかったんですよ。そしたら娘が思い出して私が生まれる日も金八先生やってて私が大学卒業する日も金八先生やってるって。≫
「お宅の娘さんもそうですけどお母さんも武田家は働き者のいい血が流れている?」
≪そうやってあおってるんですけどねえ。でも女房のしつけが良くてちゃんと給料納めてくれてますねえ3分の1。≫
※武田さんの娘さんは給料の3分の1を親である武田鉄矢さん(家)に渡している
「3分の1納めている!!お客さんのなかからオオーーって歓声が上がりましたが娘はなかなか納めませんかね?」
≪パラサイト(寄生)はダメ。ちゃんと払わないと≫
「一緒にすんでんのね」
※2人の娘さんは1人暮らしをせずに親と同居をしている
≪その代わり給料日には1本つけたりしますから(お酒を特別に食事時に出す)。お酌もしますしね。それはねえ昔僕がアルバイトをして給料を貰って帰ってきたときに母親がビールを注いでくれたんですよ。そのときのことをありありと思い出しますねえ。≫
「あなたがアルバイトの給料をもらってきた時にお母様がはしゃいでたって言ってたわね」
≪金を稼ぐという体験に本当にはしゃいでビールをお酌してくれるわけですよ。その時に働くことはいい事だって思っちゃったわけですねえ。≫
「お母様があなたが稼いできたお金をもらってうれしいということではなくて働いてお金を稼ぐということがうれしくてビールを注いでくれるというね。」
≪初めて会社に行く時は上の子も下の子も(夫婦)2人で玄関までお見送りですよね。それで帰ってきたら女房がビールを注いでましたね「お疲れさん!」って言って。学校で勉強してきた後とは違いますよね。働いて帰ってきた後の1日目はねえ。≫
「私も思い出すと初めてもらった時のお給料はなんかしようと思って弟と妹にお小遣いを渡したような気がしますね。親に何かしたような気がしますし自分では百科事典が欲しかったんでその頭金を払ったような気がしますね。もう48年も昔ですけども。」
≪僕ねえ芸能人でやっと貧乏から脱出して稼ぐようになって親に100万円お金を渡したことがあるんです。途端に他人行儀になったのを覚えていますね。母親が。もらう時に深々と見苦しいぐらいに頭を下げて「どちらの方か知りませんけどこんなババアにお金を下さってありがとうございます」(会場笑)って言うんですよ。こっちがびっくりして「なんだ」って聞いたらものすごいことを言いましたね「親が子供に金をあげている内は親子だと。子が親に金を上げるようになたtらもう親子関係じゃない」と。≫
「親子じゃないと」
≪ひっくり返ったわけだから。だから他人様みたいに頭を下げてお礼を言わんとあかんって≫
「すごいですね(笑)」
≪こんなババアにって言ったんですね≫
「すごい(お母さんは)名言がありますね。しかも100万というねえ」
≪いやいやそんなにね。でもうれしかったんでしょうね≫
「それは驚きますよ。現金でしょ?」
≪現金です≫
「現金100万円見たらそれはうれしいんじゃない(笑・武田笑)。私達現金見ること無いじゃないですか。私も仕事始めた時からNHKの向かいの銀行がねえ早くNHKに話をつけたんでしょうね。1ヶ月か2ヶ月は現金で(給料)を貰ったんですよね。次からは明細だけが来て銀行振込になったから現金見てないの。だから現金見るとうれしくなるのよ(笑)。笑っちゃた。100万円の現金を見るとお母様だってうれしくなりますよ。あなたのお母様は一杯名言がありますよね。あなたが(武田さんが子供時代に)お母さんに学校の保護者会なんかに出て欲しいといったら質屋さんと学校は・・・」
≪質屋と学校は出す時と入れるときに行けばいいと(黒柳笑)。だから入学式と卒業式にしか来ないというね。≫
「よくそんな風に思いつきますね。それとなんだっけ給食のお金をあなたが頂戴とか言ったら」
≪先生からぶたれるから早くくれと言ったら「小学校は倒産せん」と言ったのをいまだに覚えていますね(会場笑・黒柳笑)≫
「給食のお金ぐらい出さなくても確かに学校は倒産しませんものねえ。肝の座った方ですね」
≪すごい母親だったなあって思いますね。死んで4年になりますけどよく思い出しますね。≫
「(武田さんのお母さんが亡くなられたときは)あの時はショックを受けたってねえ」
≪あの時は大きかったんですね。夜ガタッて音がすると化けて出たんじゃないかって見にいく時あるんですけどねえ。≫
「九州の女の方って明るくてやるときはやるぞって。働くんだけどお母さんが腰のところにたわしをつけて踊るのが(武田さんにとって)いやだって」
≪ええ。近所のおばさんと気持ちがふさぎそうになると一杯やりながらそういう踊りを踊って吹き飛ばすんですね。≫
「あなたのところもお父さんが大変でねえ」
≪ハハハハハ(笑)≫
「”母に捧げるバラード”はあんなにヒットしたのにお父さんに捧げるバラードは全然売れなくて」
≪売れなかったですね。≫
「それでお父様がすごくひがんだって」
≪最初の一曲目(”母に捧げるバラード”のこと)から怒ってたんですよ。所詮お前は母ちゃんの子だって。すごくすねていつか作ってやるからって言ってたんですけども全然売れなかったですね≫
「そうですね」
≪母親も悪いんですけども雑誌のインタビューを受けて記者が歌のイメージで「よく女で一つで育てましたね」って言うと「はい。父ちゃんは戦争で死にました」とか嘘ばかし言うんですよ≫
※雑誌の記者が曲(母に捧げるバラード)のイメージでよく女で一つで武田さんを育てましたねと言うと本当は旦那さんは生きているのに武田さんの父親は死んだと記者に嘘を言った
「嘘を言う(笑)」
≪でもそこで父親が何も知らずに週刊誌の人にお茶を出したらしいんですよ。そしたら「これは近所のおじさんです」と(会場笑)≫
「女で一つということにしちゃったの?」
≪そうなんですよ。そういうほうがイメージが上がるって≫
「でもお父様も面白い方であなたが歌手としてレコード会社に入るということになったらばレコードのどこの部分を作るんだって」
≪アームのところを作るのか回転のところを作るのかって聞きましたね(笑)そのレコードじゃないって言いましたけどねえ≫
「でもレコード会社に入るって言うとお父様としてはねえ。でもお母様は学校だけは出てないとということでずいぶん長く月謝を」
≪後で分かったんですけども、まあ親のありがたみは後で分かるんですけども金八先生をやってた時に・・・≫
「もうそんなに」
≪30になるかならないかっていう時に撮影から帰ってくると家に大学から通知がきててあなたが居なくなった後も月謝を納めていただきましたが≫
「国立福岡教育大学」
≪これ以上おいとくわけにはいきませんと8年近く母親が学費を払ってったんです≫
「(芸能界が)ダメになったらということで。」
≪だから金八先生をやってった時は身分的には学生だったんですね。そんなことも知らずに偉そうにやってましたけど。ただ母親は金八先生は好きだったみたいですね。彼女の夢だったんですね。それをテレビでやるから≫
「先生になるっていうのがね」
※先生になるのが武田さんのお母さんの夢だった
≪近所の人に冗談で「鉄矢のバカ、東京で先生をするつもりだったですが今テレビで先生をしとります」ってちょっと誇らしげに語ってたみたいですね≫
「まあ生徒に好かれる先生役ですものねえ。あの時の生徒もみんな大きくなりましたからね」
≪そうですね30台の後半ですから≫
「マッチ(近藤真彦)だってねえ」
≪立派なお父さんになりましたからね≫
「マッチはまだお父さんにはなってないんですけどねえ。こないだマッチが写真見てって見たら犬の写真なのよ。ただマッチは一見男っぽくて乱暴そうに見えますけどもレーサーをしている時のデリケートさとか集中力。よくあんなことできますすよね」※マッチはプロレーサーとしても活躍中
≪20代の後半ぐらいになると一生懸命話してましたね車の操縦の難しさを≫
「そういう生徒さんを教えて23年。でもお嬢さん2人とも手を離れるのでこれからは奥様との生活ですかね」
≪正直言いますと今まで払っていた月謝を払わずに済むのでなんに使おうかってボウッとする時ありますね。本当にホッとしますね≫
「でもまだ家に2人居てまあ給料の3分の1を入れるにはしてもこれからボーイフレンドができただの結婚するだのなったらね」
≪でも家族って落ち着く時は無いですね。落ち着いた家族って言いますけどそんなことないですね。1つのことが終ればなにか1つのことが始まってるんですね。下のお姉ちゃんが小さい声でね「あんまし自分はもてそうに無いんだけどどうしようか?」とか女房に小声で相談してるんですね。いろんな所に餌まいとかないとダメかねとか言うと女房は捕まえるのは1匹だけでいいのよとか言ったり(笑)。結婚とかそっちの話が出るんですね≫
黒柳「お母様の愛情がわかった話なんですけどもあなたが養子に行かされそうになった」
武田≪そうです。小学校4年か5年の時に≫
「それは家(家計)が苦しくて?」
≪そうですね兄ちゃんが大学にいったもので家計が苦しくなって。かわいそうに思った親戚の人が1人でももらってやろうかという話になったんですね。そのとき母親は泣きましたね。絶対にやらんっていいましたね。≫
「ああそう」
≪父と母の事に関しては死んでから分かることがありますね。父は養子だったんですよ。武田いくさんていう私の母は結構お家がいい人(裕福)で。でも家が傾いてしまって養女に出されてるんですね≫
「お母様が!」
≪ええ。だから同じ思いをさせたくは無かったんですね(母親の)強さとかも養女に出された悔しさから何倍も強くなったんですね≫
「他にも兄弟がいるのに何で自分だけがってねえ。親と一緒にいたいていうのが子供の気持ちかもしれませんねえ」
≪5人兄弟ですからね。お姉さまが3人≫
「そうです。だからいまだに(自分は)ヘナっとしています。強い女の人って好きなんですね」
「その中でお兄さんはどうなんですか?」
≪これがねえしゃべってばっかしでよくわかんないですよ(笑)。よく覚えてるのが父親は戦中の人ですから歴代の天皇の名前をいえなくては日本人じゃないって言ったら兄さんは戦後民主主義の人ですからいやそんなこと言えなくていい歴代のアメリカ大統領の名前をいえればいいんだっていってつかみ合いのケンカしてましたね。≫
「養子に出されそうになった時もお母さんが同じような体験をしてたから出したくは無いって。でもその時にお母さんは自分のことを愛してくれては無いんじゃないかって思った」
≪それは貧しさゆえに働いてましたから子をかばってやる時間が無いわけで普通のお母さんとは違うんですね。≫
「なにか食べ物なんかでもずいぶんお母様と?」
≪1回ねえ母親の分までうどん食っちゃったらねえタチばさみ向けられたことありましたね(会場笑)。食い物に関してはすごかったですね≫
「普通母親は自分が食べなくても子供に食べさせようと思うからあなたもねえ」
≪そうそう。それと上の姉ちゃんがタンスの中からキャラメルを1個見つけて食べようとしたら母親が見つけて取り上げて食っちゃったんですね。でもそれはナフタリンだったんですね(会場笑)。それをねえ姉ちゃんが30いくつなのに泣きながら言うんですね≫
「おかあさんも身をていして取り上げたんじゃなくて食べたかった(笑)」
≪食べたんだけどすぐにはきだして体裁作るために「これは食べちゃダメ」とかいって(笑)≫
「でもすごく正直なお母様ですね」
≪そうですね。愛情はあるんでしょうけど腹減っててたら人のものまでとって食べたくなるって(笑)≫
「自分の分、母親の分ってうどんを分けてあるのに食べたからはさみを向けて」
≪それと父ちゃんが残業で帰ってこないから飯をバーと食ってたんですね。で何杯もお代わりするから何杯目かに母親が茶碗を隠したっていう思いでありますね(笑・黒柳笑)。遊び半分でご飯くいらようかって。何杯食っても大きくならんやろうがって朝顔は水かけただけでグングン大きくなろうがって言いましたね≫
「(笑)」
≪カーと頭に来て小学校3年の時でしたけど水かけてくれって言いましたね(笑)≫
「でもその時にお母様もすぐに朝顔の話がでますね。そういうところが一種んも余裕ですかね」
≪本当に打てば響くという形で出てくる人でしたね≫
「なかなかそうは出ませんけどね」
≪そういうたとえ話がうまい人でそれで一本も二本もとられたことがありましたよね。≫
「亡くなって4年になると男の子にとってのお母さんは特別だって言うけどもでも「会いたいって」時々お思いになる時あるでしょ?」
≪母親だけは会いたいですね。化けて出てこいって時々思うことがフッとありますよね。一目会いたいんですけどねえ≫
「なんであんなお母さんなんだから(幽霊でも夢の中でも)出てこないんだってねえ」
≪夢の中に一回だけ出てきたことありましたけど≫
「どうしてました」
≪昼寝してました≫
「ハハハハハ(笑)。でも普通なのがおかしいですよね」
≪縁側の風通しのいいところでシミーズ一枚でね寝てました。≫
「今でいうところのスリップですね。昔シミーズっていいましたね」
≪(笑)≫
黒柳「今度舞台でお母様おやりになるんですって?」
武田≪そうです今度の6月にやるんですけども何の役をやろうかと思って初舞台なんですよね。僕舞台初めてなんですよ。それで向こうの方から何がいいですかって坂本竜馬がいいですかって言われたんですけども母親をやりたいと。舞台の関係者の方から母親役をやる女優さんてそうそうはいませんぜって言われて「いやいや私が母親をやるんです」と≫
「ああ!女役っていうのも初めてですか?」
≪そうです。女っていうかおばさんですけどもね≫
「でも女の人の格好をするとお母さんに似てるとお思いになります?」
≪遺伝子ってすごいですね紅塗って白くするとなんとなく朝顔の話を思い出しますねえ。≫
「でもあなたこうやって見ると(舞台のポスター登場)こういう女の人っていますよね」
≪あの最近思うんですけども女の人って若いときはバラバラで個性があるんですけども年取ると段々似てきますね≫
「似ちゃう?」
≪三軒茶屋なんか通ると母親そっくりな人がふっと通ることがあるんですよ。昔話したじゃないですか男は歳をとると女性化してくるって。武田女性化計画第一弾で母親やってみようと思います≫
「いつか小沢昭一さんとここで扮装シリーズをやってるんですけどもかれが茶髪の少年やりたいって言って私はガン黒のすごいのやったんですよ私はうまくいったんですえけどもあのかたはおばさんにも見えたんですよ(笑)」
≪だから僕のおばさん化の第一号は僕の母親をやってみようと。台本も自分で書いてるんですけども書いてると涙がポロポロと出てくるんですね。鉄矢が(芸能界で)当たらなくて(売れなくて)泣きながら帰ってくるんですよ。すると乾杯しようとい。今日の落ちぶれたこの日を乾杯しようと。お前には申し訳ないけどここで泣くと貧乏神がますますかさにかけるんで親子で貧乏神をだまそうと。それで乾杯したんです。ここまでやってもめげないんで貧乏神が逃げ出すって母親が言ってたんですね。眠ってる父ちゃんの横で乾杯し続けたんですけどもそのシーンを書いてると涙がポロポロ出てくるんですね≫
「でもそういう風に言ってくれたお母様を演じたいと」
≪そうですね芸能界がダメで帰ってきた子供に大体の普通の母親はね「良くぞ夢から覚めてくれた」って言うんですけどもねもう一回いってこいって言いましたものね。≫
「(大学の)月謝は払ってるのにね」
≪払ってるのに落ちぶれて帰ってくるとそういうこと言うんですね。≫
黒柳「お嬢様方が手を離れたのはいいんですけどもそのお嬢様方と一緒にハワイなんかに行くとすごく世界を感じるんですって?」
武田≪がんばって連れて行くんですけどもそういう思い出ってあんましいい思い出になってないですね。いいホテルになんか泊めたりしてたんですけども「日本語のテレビやってないね」って言われてガックときましたね。≫
「カッとなる」
≪そのときだけはカッとなりましたね。≫
「そこまで連れてきたのにね。日本の普段の生活がいいからね。何か旅館で刺身のたくさん乗った船盛なんかを出したらお嬢さんが」
≪「猫じゃないんだから」て言われましてね(笑)≫
「けしてお父さんに感謝してないわけじゃないんだけどそれを喜べといわれても」
≪もう無理ですね。私たちは娘を喜ばせる力が無いってこの間言ったんですけどね。だから自分で幸せになってくださいって≫
「そしたら何だって?」
≪ありがとうございますとか言ってましたけど≫
「お母様のご冥福を祈ってます。どうもありがとうございました」