2002年5月15日
黒柳「榊原郁恵さんですが芸能生活は25年が終って26年目に入ってるそうですが夫婦仲も円満で何よりでございます。息子さん2人も大きくなってねえ」
榊原≪下の子が生まれたときには黒柳さんにFAXいただいて。≫
「下の子をだいじにするあまり上の子をあれするといけないとおもったんです。事実そうだったんですってどうしてもあなたは生まれてきた赤ちゃんにかかりきりじゃない?。部屋の隅のほうで上の坊ちゃんはあなたの傍に寄らなかったって」
≪下の子が生まれて間もない時に赤ちゃんて可愛いじゃないですか。今まで可愛い可愛いと思ってたお兄ちゃん(小学2年生)が突然お兄ちゃんになったような気がして何か近寄らなくなったらお兄ちゃんのほうもそう思ってたみたいで。「お母さん~」っていけなくなってたみたいで主人(渡辺徹さん)が「ほら、行けよ」って≫
「(郁恵さんが赤ちゃんに)おっぱいを飲ませているときにお兄ちゃんが(寂しそうに)見てたら(渡辺徹さんが)「お前も飲みたいのか?俺のを飲んでみろ」って言ったら凄い勢いできて渡辺徹さんのおっぱいを飲もうとしたんで噛み付いてひどい思いをしたって。(榊原笑)」
≪いろんな方の話聞いてるのにどうしてそういう話ばっかし覚えてるんですか?(笑)≫
「その渡辺さんもこの間お会いしてびっくりしましたね。すっきりして。なんてハンサムな人が歩いてくると思ったらそれが渡辺徹さんだったんですよ。もう別人ね」
≪そうですか。みなさんにそう言われるんです。毎日見ているからその変化振りがよく分からないんですけども≫
「写真ではよく分からないですがお背えが凄く高くて何センチぐらいあるのかしら?」
≪180あります≫
「35キロぐらいお痩せになって。35キロというと大体あなた(榊原郁恵さん)をしょって生活してたことになりますから」
≪大変な負担だったでしょうね≫
「身軽になったと思います。昔の大きい時の洋服とか大きいタレントさんに上げたりしてるんですって?」
≪ええ伊集院光さんとかに(笑)。一緒にお仕事とかをしてたり事務所も一緒なものですからこれ良かったら着てくれないとか言って譲ったんですけども。時たま主人と会ったりするんですよその時に言わなくてもいいのに「ああ!これ徹さんの着てたの貰いました」ってお礼をしてくれるんですよ。でも私としては内緒で上げたものですから言わなくてもいいのにと思うんですけども(笑)≫
「徹さんもなんか向うから俺と似たような洋服を着ている人が来るなって思うでしょうね。ということは徹さんは2度とあの体系に戻らないと決めてるんですかね」
≪ええ最初は今みたいにやせてない時は自分のベストな時の体重のお洋服を持ってましたからね。で「着れないからもういいでしょ。しまっておくと今(太っている時)の洋服がしまえないから」て言ってたんですけども「いや、いつかはここに戻る」って言ってたんです。≫
「彼は頑固として昔のものを持っていた。その服は着られるようになった?」
≪はい。だいぶ。本当に不経済な体だったんですよ≫
「それまでのダイエットもだいぶ失敗もあって病院に運ばれたりして。今回の(ダイエット)はいいなと思いました。あなたも強力なさったんですけども」
≪すこしは家族の協力もないと。一人ダイエットしてるのにこっちでパクパク食べれないじゃないですか。なんで私はこの体重を維持していけたらいいのにダイエットシ食を食べないといけないんだろうと思いながら。≫
「あんかりうらやましがらせるような事はしない方がいいですからね。いないとき食べればいいんですからね。」
≪(私は)いないときに食べればいいんですけども彼のほうが(私が)いないときに食べますからね。残り物とかも普通の食器棚とかに置いとくと見つかって食べられちゃいますからこんなところに食べ物がおいてあったらおかしいだろうというとこに置いとかないと≫
「なるほどね。普通の子供のためにそうするんですけども旦那さんのためにするって言うのがね。でもこないだ(※前回渡辺徹さんが出演した時ダイエットのこと)にうかがってたら1週間のうちに1日だけはどんなに好きなものを食べてもいいからあとの6日間は気をつけるようにと。それが10日にいっぺんになり1ヶ月に1回になりとなってとても成功したとおっしゃってました」
≪本人の意思が大切ですよね。迷いがあると中々成功しないですね≫
「以前舞台で「夕鶴」という玉三郎さんとご一緒になったお芝居でとっても評判が良かったんだけどもああいうのをやってると気をつけないとって思うようになったんでしょうね」
≪舞台を一番大事にしているんで≫
「文学座の俳優さんですからねえ」
≪ここんところ舞台の仕事が一番多いものですから本人が一番健康管理は気をつけてると思います≫
「あなたも大変ですよね子供育てながら旦那さんのことも気を使って。でも結婚して仕事をお辞めにならなかったのは本当は専業主婦になろうと思ってたんですよね」
≪私の母が平凡なサラリーマンの主婦だったものですから私も将来結婚して仕事をやめて家庭に収まると言うのが私の理想だったんですね。そう思ってたんですけども母に止められたり主人にアドバイスをうけたり≫
「お母さんも家庭に入ると視野が狭くなっちゃうよって」
≪結婚する人が大きな人なんだから・・・体がじゃなくて(笑)人間として大きな人だからこれからますます伸びていく人なのにあなたの性格からすると家庭に入ることによってそこで活動範囲が決まってしまうことによって物事の考えがそこでストップしてしまうと話し相手としてそこでだんだんとずれてきたり物足りない女性になったらいけないからあなたも仕事をしてもっともっとあなたの世界を広げていきなさいと≫
「それはご主人の渡辺徹さんも理解してくれて。でもあなたのお母さんはあなたが芸能界に入るときにものすごく反対をしたお母さんで」
≪ものすごく反対して口も聞いてくれなくて。それまで病気しても寝込まない母だったんですけども心配して心配して寝込んでしまった≫
「でもお父様が理解を示してくれた」
≪直接話はしてないんですけども母から聞いた話によると「あなたがどこで芽が伸びて花が咲くかわからない。もしかしたらその芽が枯れてしまうかもしれない。自分のやりたいと言うことを親といってもつぶす権利はないから見守ってあげる」って父が言ってくれてたらしいんですけども≫
「あなたがデビューして5年目にお父様の話をここでしてくださってるんです。でもその後にお父様がお亡くなりになったんでね。ちょっとそのVTRがあるんですよ」
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’81/3/27
黒柳「お父様が反対なさってお母様が間に入ってっていう方がずいぶん多いんだけどもあなたの場合は逆で」
榊原≪母は心配症なんです。あんまし知らないところですし、知っていても芸能界のことって悪い噂しか入らないんですよね。わけのわからない芸能界に入れるってことが心配だったんですね。寝込んじゃうほど≫
「でもあなたはそれでも芸能界に入ってみたいってお思いになられたんですか?」
≪はい頑固な性格が出てきて。父親の方はやっぱり不安だったらしいんです。でもどういう風な結果が出てくるかは分からないし、郁恵は芸能界に入ったほうが幸せになるのかもしれないし。これから芽が出ようとしているところをつぶしてはいけないということで大きな目で見てくれたんでしょうね≫
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「可愛いって自分でおっしゃってあなたそんなに変わりはないのよ。」
≪ピーターパンやる前の年ですから父が他界したのは。≫
「この後お父様が亡くなられてお父様若かったですよね50代でしたよね」
≪はい。もっと社会人としての会話をしたかったですね。父と。17歳でデビューしたんで小学生ぐらいまではお父さんお父さんってついてたんですけども高校生ぐらいになるとお父さんを毛嫌いする時があるじゃないですか。そういう感じで芸能界に入ったものですから寮にすぐにお世話になったものですからなんかあらためて会話するのも照れくさかったこともありますし。父は心配して会社(ホリプロ)に菓子折りを持ってたびたび足を運んでくれてたらしいんですね。郁恵をよろしくお願いしますって≫
「ありがたいですね。今のあなたのああいう(やさしい)ご主人がいて子供がいてっていうのをお父さんに見せたいと思いますね。どっかで見ていてくれてると思います」
≪そうですね≫
「でもあなた20年前とほとんどお変わりにならないですよね」
≪そうですか≫
「普通は大変ですよあの年代で20年経つと」
≪大変ですか!!≫
「そらそうですよ」
≪ありがとうございます≫
黒柳「榊原郁恵さんは大変にご活躍なんですけどもあなたは第一部アイドルの時代。第二部ピーターパンの時代。第三部主婦と子供とお仕事の時代となっているみたいですけども」
榊原≪そうなってるみたいですけど≫
「ピーターパンのことですけどもフライングっていってまだみんあがやってないときでしたよね」
※舞台「ピーターパン」のこと。舞台上をワイヤーをつけて飛びまわる。郁恵さんはピーターパン役
≪そうですね舞台では珍しかったと思います。つられてるっていうのはコントであったと思うんですけども自由自在にワイヤー1本で飛んでるんでどうなってるんだっていうんだって局の人も見にきたらしいんですよ≫
「ワイヤーでつられてるんですけども本人が飛ぶぞっていうのがないとダメだって言ってましたよ」
≪ただ人がワイヤーを引っ張って飛ばしてくれるんですけども何もしないとグルグル回っちゃうんですよ。これどうしたら止まるんでしょうって言ったら自転車と同じなので感覚で覚えてくださいって言われまして。「はあーー」みたいな「止まりません」みたいな≫
「空中ですからね」
≪どこかにつかまることができればおさまるんですけども≫
「空気しかつかまるものがないんですから」
≪空気しかないですからね(笑)。ブロードウェイの時は舞台が狭いので1回飛ぶと袖に引っ込むんです。その時にどっかにつかまって体制を立て直したりしたらしいんですね。でも私がお世話になったときは新宿コマ劇場であそこは広いんですよ。そこで自分の方向を変えるのは難しくて公演中も毎朝フライングの練習をさせてもらったり≫
「私もずいぶん拝見したんですけども客席の方までパーーと来て・・・」
≪(驚いた感じで)見にきました≫
「拝見しましたよ。あなたのやつは。どういう風に飛ぶのかなって。あの時は自分の意思で飛んでるんじゃなくて誰かにやってもらってるんだって思ってたんでねえ。一度窓が開かなかったって」
≪窓は開いたんですけども飛べなかったんですよ。≫
「下に人がいなかったんですって」
≪ええ、裏(方)を話すのはあれなんですけども私を飛ばしてくれている人が違う方に間違えていってしまって「飛んで飛んで」って言われるんですけども「私1人じゃ飛べないんです」とか言って(笑)。指揮は内藤ツネミ先生で越路吹雪さんの旦那さんで窓が開いてそのタイミングでとんで来るだろうと思ったら飛んでこないんですね。でえんえんずうっと演奏してやっと私が出てきたら窓を(から飛んで出てこないで)またいで出てきたんです(笑)≫
「スーと飛んで出てくるはずがまたいでドスンと出てきたんで驚いたって」
≪それも初日だったんですよ。よく舞台ってお払いするじゃないですか。舞台から装置から小道具までお払いするんですけどもその時はお払いする人が遅れてできなかったんでみんなで「やっぱりお払いしてなかったからだな」って(笑)。≫
「初日にね乗り越えて来たんじゃ普通ですものね。あれピーターパン本当にたくさんフライングしましたものね」
≪そうですね。≫
「でもあれ気持ちいいものですか。慣れてくると?」
≪やっぱり恐いんですよ。慣れてから恐かったです。今思うと楽しかったなあっていい思い出になるんですけども積み重なると恐怖心が出てくるんです。≫
「あのコマ劇場の大きさで客席まで飛んできましたし。想像を絶する高さで想像を絶する心もとなさだとは思いますよね。いい体験でした?」
≪そうですね。初めての舞台があの”ピーターパン”ですから≫
「芸能界に長くいてピーターパンかと思ったら5,6年目でピーターパンだったんですよね。」
≪はい。これからの郁恵をどうしようと思ってたときの出会いだったんですよ。≫
「しかもピーターパンという役柄が男の子みたいでピッタリでしたからね。」
≪はい≫
黒柳「今も支えてくださってるお母様に面と向かってだとありがとうといえないんですって。突然ですけども」
榊原≪そうなんですね。女性ぽっくないんですね私が。照れちゃって。結婚式の時も前日から準備がありましてホテルに泊まってたんですね。母と娘の最後の夜ですよね。最近聞いたんですけども母は待ってたんですって。ドラマでよく見かけるあの光景ですよ。待ってたらしいんですよけじめだから。でも照れくさくて言えなくてそのまま過ぎてって、朝から電話で起こされて「郁恵ちゃん今ねえヘリコプターで家とか写ってるわよ」って姉に言われてテレビを見たらワイドショーで”今日こちらが結婚式をされる榊原郁恵さんのご実家でこちらが結婚式をされるホテルです”とか言って≫
「どこのホテルですか?」
≪新高輪プリンスホテルの飛天の間で披露宴をさせていただいてそこがテレビに写ってるんですよ。びっくりして「え!!もう仕度しなきゃ!!」見たいな感じで(笑)まるで他所様みたいな感じで「始まる!!」って≫
「ああそう。親子の会話もなく」
≪はいそのまま新婚旅行も親子でそして仕事があったものですからマネージャーもついてレポーターもついて大所帯でハワイへ新婚旅行にいったんですが≫
「ハワイに」
≪マウイ島、オアフ島に。その時も部屋で「お母さんありがとう」ということもなく。今も同居して何から何まで世話になってるんですけどもねえ≫
「お母様もわかってらっしゃると思うけども面と向かって何もおっしゃってないっていうのもねえ」
≪別にいいのよってでも「お母さんありがとう」ってその”ありがとう”って言葉で私は役に立っているだからまたみんなのためにがんばらなきゃって元気が出るのよって言われましたけどねえ最近(笑)≫
「そうですかCM挟んでお母さんにありがとうって言っていただきましょう」
≪へええ≫
黒柳「まあ面と向かって言えないんだったら。別にそういう番組じゃないんですけどもね。母に感謝を言うって言う番組じゃないんですけどね。でもやっぱりあなたこれだけ長い間お世話になったんですからお母様のほうに向かって何かおっしゃってはいかがですか?」
榊原≪そうですかあのーいつも本当にありがとうございます(お辞儀)。主人に子供2人何から何までわがままを通しっぱなしです。どうか体に気をつけて元気でいてもらいたいと思いますのでよろしくお願いします。≫
「初めてですかそんな風にお母様に面と向かって言ったのは?」
≪小さい時はよく”肩たたき券”とか言って作りましたけども≫
「最近は何も?」
≪しませんねえ≫
「この間の母の日が終ったとこなんですけども(※黒柳さん振り返って後ろにある花に向かって)番組から私が何とかいってあげるからお母さんに母の日に何もしなくてごめんなさいとしましょうよ。」
≪ありがとうございます≫
「使いまわしするのかもしれないですけども一応いいと思います」
≪ありがとうございます≫
「”ノイズ・オフ”っていう芝居を」
≪久しぶりなんですまた舞台をやります。≫
「どこでおやりになるんですか?」
≪セゾン≫
「テアトル銀座。この”ノイズ・オフ”ってものすごく面白い芝居でお友達なんですよ書いたで人でマイケル・フレインって言う人と」
≪ええ!!そうなんですか≫
「これがイギリスでヒット、ブロードウェイでもやられて世界でもやられて日本でも何回かやられたんですけどね。決定版に面白くやっていただきたいと思います」
≪ああ≫
「もう本当に面白い芝居なんですね」
≪そうですか≫
「出たり入ったりしてこれは運動神経の勝負って言うねえ。”ノイズ・オフ”って舞台裏はお静かにていう意味なんですけどもね。じゃあみんなを笑わせて」
≪はい9月一杯やりますので≫
「それじゃあねえご成功をお祈りしています」