本日の徹子の部屋ゲストはメイ牛山さん

2002年10月7日

黒柳「よろしくお願い申し上げます。名牛山さんです。美容家でいらっしゃるんですけども91歳、現役でいらっしゃいまして70年間この美容の世界に携わっていらっしゃってご自分も現在もやってらっしゃるんですけどもまあ元気この上なしでを美しくてどうしたら今日は美しくなれるのかとかをうかがってみたいと思うんですけども。何しろ今日のお召し物ですけどもこの着物はなんか」

牛山≪40年前の着物ですよ。≫

「40年前。」

≪だからねぇ着物というのはね着方でね。今ねぇ皆さん背が高くなりましたでしょう。だからお太鼓なんかを結んでいるとダラーと長いんですよ。お太鼓なんかいらないじゃないですか。私は夜だったら前に結んだがいいと思う。それにおかけを着ていれば≫

「後ろがごまかせるし」

≪そうそうそう。ううなんか洋服の感覚でもありますでしょう。ヘアスタイルなんかもわざわざアップにしなくてもなそのままでも切れると思います。|≫

「御髪もなんかご自分でおやりになるんですって」

≪こんな頭は自分でやらなければしてくれる人はいませんもの。≫

「美容院にたくさんいろんな方がいらっしゃるでしょう。」

≪いえいえそれがなかなかねぇこういう頭はねぇ難しいですよ。黒柳さんの頭だってね≫

「それからお顔のメーキャップですけども係りの者がメーキャップのものをあれしますかと言いますとテレビの人がやってくれていつもよりきれいになるんだったらやってもらうけどもそうでなかったら自分でやった方がいいとおっしゃってご自分でおやりになったそうですけども。もうお顔なんか自分でどんどん」

≪も年をとって90にもなれば誰だってしわがあるんですよあまりにも塗ったくるよりも何もしないんでポイントだけやってた方がいいと思うんですよ。≫

「しわのないきれいな。やっぱり美容室でやってらっしゃるの?」

≪や美容師でなくてもねぇあんなところはたまにいけばいいのよ。毎日は自分ですからね。朝顔を洗うでしょう。顔というのはで上から落ちてしたがしたが上がるんですよ。それで目の下にしわができるんですよ。だから伸ばすように≫

「おでこは上の方にあごは下の方に。

≪ほっぺたをあげる。それだけやればいいんですよ。あとはたたくぐらいで≫

「それと手が91歳でいらっしゃるんですけども本当に手書きでなどびっくりするぐらい。みなさんこれ何歳の方の手だと思いますか。しょっちゅ動かしてらっしゃると、さっき聞いて笑ってちゃったんですけどもまあよく顔なんかパックしますけども、顔だけしますけどもそれも手にもやったらいいじゃないのっておっしゃって。ああそうか手にパックをやればねって」

≪それでねこういうのを付けるでしょう≫

「指輪とか」

≪つけるためにはで手をきれいにしなきゃいけないと思う習慣がつくんですよ。何もつけないと忘れちゃうの。≫

「それからまたマニキュアは年をとると濃いほうがいい」

≪赤がいいですね。≫

「それにしても手が綺麗ですねぇ。でもずいぶん働いてらっしゃるでしょうご飯なんかもどんどんお作りになって。」

≪そうですよ。もお洗濯もすればお掃除もするし自分のことはなるべく人にはさせてないですよね。自分でするということが運動になってねわざわざ運動しなくてもねそれが大事なんですよ≫

「それでなくても足を動かしてらっしゃるんでしょう。それからいつまでも手が作ってちょっとやっていただいてもいいでしょうか」

≪つきますよ。いやこれでもねぇってちゃんとつくんですけどもこれぐらいは月ますよ着物を着ていても。≫

「ワーすごい。それにしても元気にしてらっしゃるんですけどもうかがったところによるとご主人様は早川雪舟さんという昔の大スターの俳優さんの付き人のようなお仕事をしていらっしゃって。それでさっきチャーリーチャプリンと一緒のご主人さんの写真があってびっくりしたんですけども。

≪それで彼のスタジオにいましたからね

「でもう1人ジョンクロフォードという当時の大スターの女優さんがいらっしゃったんですけどもご主人様とジョークの宝の山と、この方と一緒に写してらっしゃるのもう皆さんはご存じないかもしれないですけどもジョンクロフォードと言ったら

≪いや今の若い方はこの女優さんのことわからないかもしれない。

「大スターですよ。古いものをやれば必ず出てくるという。でねぇ牛山さん自身もハリウッドにいらっしゃってすごい方と一緒に写真を写してらっしゃるのね。たくさんあるんですけどもその中からグレースケリーさんと、やっぱりグレースケリーさんをお綺麗でしたか?

≪きれいでしたね。とってもすてきでしたね。私こんな着物だから草履を履いていたでしょうそしたらすてきなシューズってほめてくれましたね。それからジョリスデービー

はあの方そばかすだらけなのね。でも映画で見るときれいでしょう、私その方のメーキャップが習いたくてどうしたらあれを隠しているのかと思っていまはねぇ皆さんそばかすというのはないですけどもぇ、今から50年前まではそばかすの人がとっても日本に多かったですよ。その治し方を習いに行ったらねぇお客さんが来たからってきれいにお化粧をしてしていたけども、2行と笑ってねよく来てくれたあってもらったね。その笑い方の美しさに私そばかすのことなんて忘れちゃったのよ。聞くことを忘れて帰ってきて。それから日本に帰ってきてそばかすなんてどうでもいいんだ笑方の美しさがあればね。それからわねそばかすとか染みとかわねまあシミはちょっと手入れすれば治りますけどもそばかすだって塩分が多い時代があったからそばかすができたんだけども今はそばかすのある人なんていないですよ。

「それよりもやっぱり魅力的なほうがいいと

≪そうですそうです表情豊かなほうがいいですね。

「まぁ他にもスターの方と一緒に写してらっしゃるんですけども、チャールトン・ヘストンさん。

≪そうこの間

「ご自分のことアルツハイマーだっておっしゃって

≪ねぇ。この方もすてきでしたけども外国人は早く年をとりますね。日本と違って

「でもあの方はここに来てくださったことがあるんですよ。すてきでしたよ

≪男の中の男という感じで。

「そういう感じですね。これが皆さんマレーネディートリッヒです。

≪私がスタジオでお会いしたときはちょうど整形してらしたときでしたからね。

「どこをされたんでしょうね

≪今日はいろんなことを聞かないでくれと言われたんですよ。表情を崩したくないから。

「ご本人がそうおっしゃって。どこをされたでしょうね

≪どこでしょうね

「この方は70を過ぎても歌っていらっしゃったからどこかをやっていらっしゃったんでしょうね。

≪私はねよく日本にいらしたと思いますよ。大女優ですよ。

「お色気のある方でねぇ。でも顔を直したところだからあまり会いたくはないと。でも会ってくださった。まあこんなふうにハリウッドの方たちとも、とにかく日本人はきれいにはなったんだけどもなにか薄っぺらい感じもすると

≪あまりで本当にねぇ今から50年前と今日とはちがって皆さん本当にきれいになりましたね。日本の方は。きれいにはなったんですけども変わりましたね。何日も50年前と、私は70年この仕事をしてますでしょう。だいたい分かるんですけども顔が小さくなって立体的になってそして目鼻口が大きくなりましたねだから頭の毛を赤くしても似合うんだと思うんですけども、それだけで北海道から九州まで全部同じっていう顔で。だから個性がなくなりましたね50年前は九州の顔とか京都の顔とか新潟とか北海道とかちゃんと顔があったんですよ。今はないでしょうね。どこへ行っても日本の方はすてきですね。もうちょっと特徴が出したらなおいいんじゃないかと私は思いますね。

「それから美人というのは1日にしてならずと、いつもおっしゃっているやはり時間のかかるもの。でももっともっと美人で生まれた方は別ですよ。

≪いやいや今はねぇ、家とね、やってそして健康が大事ですよ。健康でなければ。そうすればすべてがよくなるんですから。だから食べ物を注意しなければ

「だってあれですよね牛山さんのご主人は病気になってあともうちょっとでだめだというときに

≪3カ月でダメだっていわれたんですよ事実で3カ月になってこのぐらいの平らぐらいにやせ細っていましたね。だけど私は手術してももうだめだと思ったんですよ。だから私はね大往生で家で畳の上で死んでもらいたいと思いました。本人は家に帰りたいといいますしね。だから車をよんですぐに連れて帰りましたよ

「あとは食べ物で

≪そんなには自信はなかったですけども勇気を出してその時にちょうどシデ食を研究してらした栗山先生という方がねぇいま故人になられましたけどもいらして協力していただいて本当にグリーン。今のようにグリーンはないですからねパセリとかクレソンとか春菊とかそういうものありますでしょう、こういうアクの強いものじゃないとダメですよねそれをすり鉢ですって汁を作ってその中にレモンを入れないとアクが強いばっかりで胃を痛めてしまいますから

「生ですか?

≪生ですよ。だからレモン絞って、1日に4回杯1杯ぐらいをね飲ませましたね。

「何と皆さん3カ月ぐらいという命が13年間

≪そう94歳まで行きましたからね。だからで食事を正しくすれば病気なんて直すことができるって自信を持ちましたよ

「機関銃というあだ名があるそうですけども(笑)機関銃のようにどんどんどんどん91歳でいらっしゃいますので皆さんそのことを忘れないように、すごいと思って私も驚いているんですけどもちょっとコマーシャルをはさみまして私たちがふだんどういうふうにしていればきれいにしていられるのかということを聞きたいと思います。なるだけならねぇ元気にいたいですから。コマーシャルです

黒柳「牛山さんは91歳でいらっしゃるんですけども病院でお調べになったら60歳の心臓、60歳の血圧とにかく60歳ぐらいの人の体の中ということでそういうふうな診断が出まして30歳以上若いということで。まあとにかく3大排せつ美容というのお考えになったそうなんですけどもその3大排せつ美容というのはどういう

牛山≪あの皆さんで人間というのはよくが深くて何でも入れた入れたいというのが多いでしょう、そうじゃなくて出す方が大事なんですよ。それでいいのは皮膚をよくお掃除して手入れをして深呼吸をよくすることと。これ大事ですよね。それからまた中の排せつを便秘をするようじゃきれいとは言いませんよね。いつも食べたものはきれいに排せつできるように体の中をいつもきれいにするような排せつ。でもうひとつは今心の排せつ物いろんなものを心にとめていたらねやっぱりそれが気になってモヤモヤして

「暗くなりますよね。

≪だからいつも心はがらっとしていることが大事ですよね。

「心の中にあるものはなるべく出すように自分で。

≪そうですそれはいつも感謝の心持つことが大事。なんでもねぇありがたいとか感謝という感謝ということを忘れずにいればそれは達成できると思うんですよ。不平を持つということは感謝の気持ちがないから不平を持つんですよ。日いろんな苦労があるんだってぇ修行の中のひとつだと思えばいいんですよ。そして乗り越えて人間の作ったものは必ず解決できるんだからですからそう思ってできるだけなくしていつもカラとしているんですよ。この3つを排せつすればで健康でいられるし肌もきれいでいられるしそして人にも喜ばれるんじゃないかと思いますけども。どうでしょう?

「そうだと思います。私の母が大変お世話になっておりまして、私も昨日母に電話してあのお目にかかるだけどもと行ったらくれぐれもよろしくということとそれからとてもご親切でねぇ。頭もよくやりにうかがったりするんですけども何かがあるとこういうお豆とかが入ったものを食べてくださいと大時計くださったあり方やさしくてお優しくて。でもそんなふうにいろいろな方のことも考えていらっしゃる。

≪そうですよ私はねだから今この年をとって美容院にも行ったことをー薬を飲んだこともないし目薬もさしたことがないということがすごくありがたくですべての人に感謝したいと、それで少しでも世の中に私ができることでね何かができればこれ以上のことはないと思っています。まあいろんな悩みの方がたくさんいらっしゃいますねだけど私から見ればそんなことって言うことが多いですよ。戦争中みてください何もなくてもね病気ひとつしなくてみんな元気でいたでしょう。今は何でもある時代ですよ。そんな時に自殺する人がいるって私不思議でしょうがないんですよ。で何がその原因で、みんな一生懸命働けば楽しいじゃないですか。そのような気持ちでできるだけで悩んでいる方が多いからなるべく元気をつけてあげるのが私の今の仕事だと思っているんですよ

「だからきれいにするというのは顔とかそういうことだけじゃなくてを全部をみんなのことをきれいにしてあげるということが大事。でもおっしゃったように顔はいつも清潔にしてなるべく顔の中にはいちゃったものはなるべく出すように月ですよね。

≪だからねぇ悩んでらっしゃる方憂うつにしてらっしゃる方笑のない方というので何か心に勘違いして心配してらっしゃる方が多いですよね。それから

「女の方でお年を召した人がもうだめだわってどうせきれいにならないんだからって思ってらっしゃる方がその諦めがいけないんですってね。

≪それはダメですね。それが1番いけないですねもう生きている間は女は美しくてで健康できれいでなければいけないですよ。。

「きたまご自分でも鏡を見てあらきれいだわねってご自分でお思いになることもあるんですって

≪ああいいですね。若くなるを若くなろうとは思わないで若くなろうと思わなくてもいいんです。それは今はたいてい70歳以上の方でも10歳以上は若くなっているんですよ。これ以上若くならなくてもいいですから

「ナナガケって言われてますからね今は。

≪そうならなくても年らしは、77、88でもいいからやはりそれだけの美しさがあるんですよそれらしく私は小奇麗にすることが大事だと思います。とにかくでおしゃれをねぇ女は忘れたらダメですよ。うん、これが1番大事ですねこれが1番大事ですね。それが元気の素です

「なるほど

黒柳「まあ美容に携わって70年。その間に戦争もありましたし大変だったと思いますけどもを若い時のメイ牛山さんの写真がありますので、とてもお元気そうでかわいらしくて。でもああいうお若いときからこういう美容をやりたいと思ってらしたんですか

牛山≪私は好きでしたね。

「ああこれは昭和10年。美容師の方ですか

≪そうです。スタッフですでみんな。まだ和服を着ていますものね

「美容院の方もまだ昭和10年というと着物だったんですね。

≪そうして働いていた時代ですからね。

「こういう時代からやってらして。まぁ何もかも手探り状態で

≪これがねぇ日本で初めてのパーマネントウエーブの機械ですよ。

「これ私やっているときに電気が来たことがあってびりびりして大変だったことがありました。1番最初のパーマネントというのはああいうものでやっていたそうです。

≪それで時々失敗すると思えちゃうんですよ。それでぽんと落ちちゃうことがありましたけども昔の人は毛が多かったからちょっととって抜けちゃってもあとでとかしておくと分からないの。今の人は毛が少ないから穴が開いちゃって大変ですけども。そのぐらいお髪がおおかたですけどもね。今半分ぐらいになりましたね。そういう時代もあったんですよ。昭和というのは恐いですね

「昭和というのは恐いですね(笑)。でも本当にハイカラな生活でご主人がハリウッドにいらしたということもあるんですけども当時としてはずいぶん大胆な水着ですよね(写真)。

≪恥ずかしいですね。

「何歳ぐらいでいらっしゃいますか?

≪これ23、24位でしょうかね。私でも若くてスマートの時はあったんですよ

「もちろん。

≪今こんなになってますけどね。

「これはご結婚したときの2人ですね。ウエディングドレスなんて当時珍しかったですね。

≪そう昭和14年ですからね。その当時はとても珍しいたいていは和服ですからね。

「でもあのころウエディングドレスなんてすごいなと思いますけども。どうしたって和服の人が多かったですからね

≪私たちは商売ですからね一生懸命そういうね

「宣伝も兼ねて。ご主人様の助けがずいぶんあったということでしょうかね。

≪そうでしょうね。私どもはね両方がねぇ昔は男の人で美容師というのはいませんでしたからね女でしょう。化粧品もやっていましたからね両方がいなければ仕事は成り立たなかったですよ。だから55年になりますかね

「ご一緒になってからずっと一緒に仕事をしていらして

≪まあ喧嘩はする暇はなかったですね。忙しかったですからね。それに新しいものを取り入れるのは、いま日本には何でもありますけどねぇ今から50年前はないでしょう。今でいう買い出しで1番アメリカに新しいものがありましたね。だからしょっちゅうアメリカに行っていいものを見つけてきて日本に持ってきて作るのが

「なんとなくハイカラというのがあったのはそういうことで。早川雪シュウさんというのは当時の大スターでその方の付き人がのスタントマンだののをやってらしたんならばそれがもハリウッドのを化粧品とかは進んでいたでしょうからね

≪あの時代はねぇコールドクリームも日本にはなかったですよ。昭和の10年ごろはコールドクリームもない。本当に寂しい業界でしたよね。

「今はデパートの1階は全部を化粧品ですからね

≪いっぱいあって何使っていいかわからない。ですからね最初はコールドクリームを洗面器だとかで作っていましたよ。作らなければねフィシャルするっていったってそのころはありませんものね。ですから今ようやく一般の方がフェイシャルするんですけども私たちはずっと変わらないですね。

「でも昔は洗面器でコールドクリームを作っていらっしゃったというのはすごいですけども。

≪そのぐらいですよシャンプーといってもシャンプーがないですからねぇ。だからしょうがない洗濯石鹸を削ってシャンプーにして

「研究ですね

≪そうですね

黒柳「あの今お子さんが3人なんですけどもお孫さんは数えなきゃわかんないわとおっしゃって急にとおっしゃったんですけども。お孫さんでは20歳までは勉強しなさいと

牛山≪そう。あの親がなかなか子供にいいにくいでしょう難しいことは。私は孫にはへっちゃらですからねお祝いのはがきなんかを書くときは20歳までは勉強というんですよ。30までは体験。そしてそれから実力を出しなさいと。それ以降は親孝行をしなければいけないようということを私は絶対に言いますね。

「それでご自分は150歳までは仕事していこうと思ってらっしゃる。

≪そのつもりでいますよ。どうでしょうね

「大丈夫でしょうねあと60年ですからね。大丈夫だと思いますよあれだけお元気ですからね。床に手がつくぐらいまで体を曲げて。しかもこれだけお元気で。なんといっても打てば響くというようなもんじゃないですよね。打てば10倍なって帰ってくるというお元気なんですから。本当にありがとうございました本当に勉強になりました。

≪ありがとうございました

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