本日の徹子の部屋ゲストは松阪慶子さん

2002年11月4日

黒柳「どうもしばらくでございました

松阪≪しばらくでございました。

「相変わらずお美しい女優さんでいらっしゃいます松阪けいこさんでいらっしゃいますけども。今はニューヨークと東京とを行ったり来たりはしていらっしゃらないんですって?

≪ええ子供があの学校があるので夏休みとか冬休みにちょっと行くようになりました。減りました。

「じゃほとんどこっちの学校に行ってらっしゃるという感じで。しかも大きくおなりなのね。

≪そうですね

「10歳と

≪10歳と7歳ですから。

「じゃも小学校に上がって。

≪友達もできて自分の関心事がいっぱい増えてだから子供の成長とともに私ももう1回仕事をねこう本腰入れてやろうかなとそういう時期が2年ぐらい前からですかしら。

「ひところは本当にもう子育てというかニューヨークにいらっしゃってご主人とともどもずっと子育て。少しはやっていらっしゃったんですけどもコマーシャルとか、でもほとんどやっていらっしゃいませんでしたね。子育ての方

≪1年の半分ぐらい仕事をして乃木坂に住んでいたことがあってどうしても子供を育てるときって自分の母が自分にしたことを思いだしてするものですからおんぶしていましてね。乃木坂でおんぶしている人って(笑)あまりないと言われて。

「南青山というところですからねあっそう

≪だからそんな風にスキンシップを大事にして

「あなたがおんぶをしてらしたの。

≪ええ大事にして育てて

「あなたがおんぶして歩いているときにわー松阪けいこがおんぶしているなんて言われることはないですか?

≪(笑)ね気がつかれるでしょうけどね、まあ乃木坂であんまりいないなみたいな。

「まあちょっといないかもしれません。でもおんぶしている人もこのごろはあまりないですよね。だいたいのせるとか、背負っていても機械的なものに背負っていてのせている人も多いしね

≪ニューヨークにいるとなおさら自分でしないといけないからなんか気がつくと今日も1日中かがんでいたなって。なんか真っすぐになる時間がないぐらい容量も悪いから(笑)ってそんな時期がありましたですね。

「10歳7歳というまでお育てになるのは大変だったと思いますよ。毎日ね赤ちゃんからね。3歳違っていても大変だったと思います。

≪自分で育てるとあの特に優秀とかじゃなくても無事にって無事に大きくするだけでもどんなに大変かと(笑)思いました。

「自分でお子さんをお持ちになってお母様のご苦労が本当にお分かりになったんですって

≪すごくわかりましたですね。今でもやっぱり相談しますしそうすると的確なことを言ってくれますからやっぱり母親はすごいなと。はい。

「で子供はすっかり日本に馴染んで?

≪ええ

「お友達もできて?

≪はい

「じゃそういうことからあなたは松阪けい子さんというお名前だったんですけども

≪はい

「本名はご主人の名前が高内さん

≪はいそうです

「高内慶子さん

≪ええええ

「今ちょうど松阪慶子さんと高内慶子さんと

≪2つあるわけですね(笑)

「それはうまくとっても使い分けてご主人は高内ハルヒコさんとおっしゃる音楽家の方ですよね。

≪はい。

「両方がうまくいっているように思うんですって時期的に

≪そうですね。家の家族もすごく理解をしてくれていてであの地方で仕事をしていて電話を入れると必ずあのママお仕事頑張ってねって言ってくれるので助かるというかよく分かっていてくれて寂しいでしょうけども。うん

「あなたは何かタンゴの先生の役かなんかしてとてもお綺麗な形をしてらっしゃるとこれママなのって?

≪そうですね最近母親じゃない役というか、女の人の役というのが増えて、奔放なキャラクターとかをテレビで見ることも誰だかわからないみたいで「こっち?こっち」とか。聞いたりして

「(笑)よその人のことをこっちって

≪そうですねぇ。だから家にいるときの雰囲気と全然違うんでしょうね

「役をやってらっしゃるとねときとはね。お母さんの役柄だとまあ同じかもしれないんだけども全然違う役をやってらっしゃると。で今度本をお出しになったでしょ。その大変評判になったヌード写真なんですけども。これはアレなんですってなかにし礼さんの

≪原作で桜伝説という

「元々本がある

≪本を読ませていただいて、この原作に沿って映画のように展開する写真集だったらすてきだろうなと思いましてで先生にお願いして許可をいただいては原作監修ということで

「なかにし礼さんが監修してらっしゃるんですねこの写真集の。それと一度死んで生まれ変わるくらいの気持ちでやってくださいと。

≪言われましたですねガツンと(笑)中途半端ではやってほしくないということなんだと思うんですけども。

「でもずいぶん1年ぐらいご相談とかいろんなんでかかったんですって?本当にとろうというまで

≪そうですね出版会社の編集者の人と1年ぐらい話はしてたんですけどもあの映画のように原作に基づいて役を作るようにということであれば私にもできるかもしれない

「中には着物を着ていらっしゃるのとかいろいろなものがありますし、でも照明とかそういうことももちろんきれいに撮っていただくということがあるんですけどもそれから自分自身も体をね、裸になってもうつれるようにずいぶんいろいろなすったってうかがったんだけども

≪ちょうどドラマでタンゴの先生をやっていましてそういうことで相乗効果でスポーツ選手のように運動して

「そうですってね

≪やっていましたですね。やっぱりあの役柄でっていうと頑張れるんですよね女優だから。

「目標があるとね。母親をやっていても目標がないとなかなかねそんなには多分

≪どうしても目の前のことを優先しますから

「ずいぶんあのなんていうなんキロというか体重にしても何キロか痩せになって

≪そうですね半年ぐらいかけてですけども7キロぐらい徐々に痩せていって。そうですね最後はクラシックバレーをやったりタンゴとかルンバをやったり必死ですね

「どんなに裸のところとられてもやっぱり完璧というふうに撮られたいとお思いになったと思うのね。だからそこのところずいぶんすごかっただろうなって思う。

≪大変でした今日はこれでいっぱいですという感じで。あのヌードのポラを初めて見たときねすごく思ったのは先生のレッスンをした先生方の声が一言一言よみがえってきてやっぱり体形がダンサーぽい体系に変わってきていたので1回1回のプリエ1回1回の腹筋だなって

「やっぱり表れているという感じが。具写真を撮って下さった方は何という形かた

≪はい毛利さんという、若手の写真家の方。やっぱりあの漠然と写真を撮るというのではなく原作があったのでそれぞれカメラマン、演出家、美術さん照明さんやっぱり名前も出ることだし残るものだからということなのですごくアーチスト魂というか自分の持っている最高の力を出してやったのという感じがしました。

「じゃ本当におとりになってよかったなと。テレビでもおっしゃっていたけどもご主人はそのヌードとることについてどう思いか

≪いい評価を貰えると良いねぇと言ってくれてまして。

「何もおっしゃらないでそう言って下さってよかったですね。

≪本当に理解しようと努めてくれているんでしょうね。

「本当ねそうだと思います。普通だとある年になったらそんなことはしなくてもとか

≪そうです

「いろいろあると思うんですけどもねやっぱり何かあなたかえたいものがあったかもしれないし

≪やっぱり女優としてで役柄を広げたいのとまあなんか大人の女のそういう役をやっていきたいという思いがあって、でも桜伝説って人間の幅の広い女の人だったんですよ清濁合わせもつようなアンビバレンツないろんな面を持っていたのでぜひやってみたいと思いましたですね。でもで正直言って1番気になったのはやっぱり夫は大人ですけども子供のことが気になって学校に、学校のこととかとても心配しましたけどもでもすごくこの好意的にというかあの受け取ってくれてだから女の方たちに受け入れられたのが本当にほっとしたし、

「女の人たちの目は厳しいですからね男の人よりも。むしろね女の人の方が厳しいかもしれない。でもあの子供さんがいらっしゃる時はあの体をひねってスっとモノをとったりすればいいのに、そうしないでどすどすといって取って来たりすることもあったのも随分直して

≪そうですねタンゴをレッスンしたらとてもひねってルンバとかでもすごく半身にひねっていくんですけども、そういえばここ10年ぐらい後ろにものがあってもひねってとりもしなかったなと。後ろにものがあったら後ろを向き直ってから取っていて。こういうひねるということもしなかったなって

「ひねり体操というのもおやりになったんですか?

≪そうですね

「ひねり体操ってどうやるんですか?

≪ダンベルの1キロとか1.5キロとかを持ってただただこういうふうに(体をひねる)

「それでもずいぶんウエストはくびれます?

≪(笑)ちょっとですけども。でもそういうなんかあの少しずつのことというのがこれが大事なんだなと。私冗談でローマは1日にしてならずと思ってコツコツ頑張ってで怠けちゃうといけないでしょう2,3日とか

「ええ

≪老婆は一日にしてならずと思って(笑)気を取り直してまた再開すると。

「そうですよねあれ毎日やることが。私はジャイアント馬場さんに言われたんですけども私が何か100歳まで舞台に出るといってねこうガタガタ踏むものにちょっと1カ月ぐらいのコマーシャルに出たことあるんですね足踏む。それを見てらしたらしくて100までやるんだったら毎日こういうねヒンズースクワットというねそんなにやらなくてもいいから30回から50回でいいから、その代わりねぇ毎日やらなければだめですよとにん言われたの。1日でも休んだらそれはだめになるからといわれて。で年をとればとるほど毎日やらなければいけなくなるからね。少しずつでいいから毎日やってくださいって。私電気のない暗闇のアフガニスタンでも私やってたからね。一緒に行っていた方が笑っていたんですけどもね。暗やみの中でもやってね、それからすぐに(ジャイアント馬場さん)なくなったものでね遺言のようにしてやっていたんですけども。やっぱり毎日やること、さっきのお写真ですけども金粉じゃなくて金箔を

≪金箔を金沢の折り紙みたいな金箔をこう一個一個

「本当に綺麗ですよねこの体なんてで本当にびっくりするほどきれいなんですけども。このぐらいのときはご自分でもずいぶん見せるという、見せてもいいというところまでおやりになったと思うでしょうやっぱり

≪そんなことないんですよも腰が引けちゃって(笑)。いいのかなと思いながら

「本当にきれいだなと思って。で健康そうじゃありませんか。

≪そうですね。あのやっぱり健康じゃないとダイエットなんてできないんだって思いました。健康じゃないと風邪ひいてちゃってもできないして、調子が悪くなっても駄目だし

「そうですよね。本当にバーンとしていてねいいなという感じがね。なかなかねバーンとしていていいというのはねなかなかでないんですよ

≪そうですかうれしい。

「ダボダボとしているというのはあるかもしれないけどもやっぱりそのバーンとしていてだけどたるんでないっていうのがある年代になってそれはなかなかで大変だと思うぞ。やっぱり精神もずいぶんキリッとしてらしたからこううまくいったんだなと思いますけども。元々お綺麗じゃない、あの寅さんでいつも私忘れないだけどもあなたが寅さんに出ていらしたときに

≪はい

「着物を着てあなたがどっかで寝てらっしゃるところがあったじゃない

≪はいはい

「お座敷みたいな小さなところで。

≪ありましたですね

「あの時がものすごくきれいな形だったんですよね。こんなきれいな着物を着て寝方って、ただ着物を着てごろと寝てらっしゃるだけなんですけどもきれいな形の方だなとつくづくそう思って私見ていたんですけども。

≪ああうれしいです

「もう1回ちょっとあのさっきのお見せしてそれでやめましょう。あのこれは本当に裸になっていらっしゃるんですけどもね、こんなふうな格好て本当に難しくてあのたるんでないっていうか胸なんか、年齢もうちょうどこれをやるのに

≪49歳のとき、最後

「ねぇだから普通49歳、あと1つで50というときですからもっとねいいお写真がいっぱいあるんですよ。でも徹子の部屋の方がご覧になるんだったらご本でご覧になっていただいてあまり昼間なんでと思ってるんですけども。ずいぶんはっきりいろんなものが写っているのもあるんです。本当に写っているものもあるんですけども

≪(笑)

「ものすごくお綺麗なんでびっくりしたのね。

≪でもこれも役だからですよね。

「そうね。きっとね。ただ裸だとどんどんとりますというんだったらああいうふうにはいかないかもしれませんね。

≪そうですね。頑張りきれなかったと思います。

「なかにし礼さんが自分のものをやるなら1度死んで生まれかわるぐらいの気持ちでやってくださいとおっしゃったそうなんで。

≪そうですね。2度目ですね死んだつもりでといわれたのは。前にあの死のトゲってオグリコウヘイ監督もが厳しい方で1度新生させると会社の方に、松竹の方におっしゃったんですよ。

「原作も大変な原作ですものね。

≪だからやっぱりその新生させるとかいうか生まれ変わるつもりでやりなさいというそれぐらいの厳しい方に出会えたときにパーンと変われているんだと思うんですね。本人は甘いですからなかなか自分じゃそこまで

「お子さんも2人いらっしゃるしだんなさんもいらっしゃるんですけど、その中でもこの写真集はもしかするとずいぶん大冒険だったかもしれないけどもおやりになってみてやっぱりそれはよかったと思ってらっしゃると思うのね。

≪そうですね、やりかかるとやっぱり中途半端で済ませられなくなりますからね、仏つくって魂入れずみたいにできなくなりますからね。

黒柳

松阪≪あの先程お話しをしてくださった写真集の表紙にね桜伝説と赤いところに血しぶきみたいなものがパンパンと絵の具でたたき付けてあるんだけども、でも本心はあんな感じでねぇ血の噴き出るような思いというか人生賭けてみたという思いがありますですね

「でもあなたわりと人生をかけたみたいな生き方をしてらっしゃるところもありますよ思いだしてみるとかなりね。

≪そうですね。

「まぁご結婚の時とか。なんかにニューヨークにいらっしゃる時とか、いろんな時そういうふうにあったと思うんだけども。あのねぇ徹子の部屋に何回か来てくださっているんですけどもその前にねおまんじゅうを14個を食べていましたってね若いときはそうなの平気だったんですとおっしゃってるんですけどもその時にでちょうど32歳の時においでいただいてるんです。17年

≪18年

「今から18年前。でもで全然お顔はおかわりじゃないんですよ。でもおっしゃってることがとても面白いの。多分お忘れだと思うのでちょっと見ていただいていいですか。32歳の松阪さんです

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松阪≪デビューしたのが14歳ぐらいなんですよ。その時のツボイさんというカメラマンが私の顔を見て君の顔は平幹二郎さんに似ているねって。

黒柳「フフフ(笑)

≪なんか私男の人でショックでしたけども。男顔なんじゃないですか割と

「そう

≪だんだん少し女らしく変わってきましたけども。

「ああそう

≪はい。私ほんとうは引っ込み思案でおとなしいしね、欲がない意欲がないといつも怒られていてそれがずっとこう続けられていてで人との出会いでどんどん欲張りになってきて変わるものですね。

「60歳になったときに”えー”と若い人がいいうふうになりたいですって?

≪そうですね。だから私ずっと仕事をしてね60代になっても映画に出てね、あの人にはかなわないなってをっていってもらいたいわ(笑)

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「ですって

≪懐かしいですね。

「でもいいじゃありませんか60歳になって私はかなわないわっていってもらいたいって、あの時すでにね18年前にあなたおっしゃってるんですよ。

≪今もそう思います。京マチコさんに化粧の時に共演して本当にすてきだった。若い女優が束になってもねかまわないですあの存在感とかあでやかさとかありがたみとか。なんかそういうすてきな先輩それから東山知恵子先生とかすてきな方を見てるから私もね。

「そうですよね。昔、今もそうですけどもあんな人みたいになりたいというような方がねぇ。お若い方がね。今度の写真集を出しになって街を歩いていると普通の奥さんなんかが「私5キロやせましたよう」とかおっしゃるんですって?

≪本当にそうなんですよ。だからとってもうれしいですね。あの50歳を過ぎてもきれいでいようという気持ち大切ですよねぇと少女みたいなキラキラしたお顔でおっしゃるんですよ。私も5キロやせまして体が軽くなりましたとか、思わぬ効果。本当にうれしいですね。

「そうですね。きっとみんな、だからあなたが若い人が束になってもかなわないわって60歳になったときにそうこうしているうちに10年なんですね。

≪すぐになっちゃいますね(笑)

「もうすぐですよ。五十六十は10年が束になってかかってきますからもうすぐですよ(笑)

≪(笑)。

「でもきっとそうだと思いますけども。お綺麗だと思うんだけども。やっぱりあの同じぐらいの年代の方がねそういうなってくれるとねあなたの写真集をご覧になってそういうふうにおっしゃってくださるのが

≪嬉しかったですね。なんかこう嫌悪感をもたれるかもしれないなと思って始めましたからその逆でなんか以前よりももっと親しみを込めていを話かけてきてくれたりするというのがもうびっくりで。うれしいびっくりですね。

「本当にそうだと思います。それはやっぱりなかにし礼さんがとにかく死ぬぐらいの思いでやってくださいとおっしゃった、それがあの中ににじみ出ているのかもしれませんね。体を鍛えることから始めてね。ただきれいな裸が写ればいいというだけじゃなくてねきっと。たぶんね

≪(笑顔)

黒柳「お嬢様のお話しなんだけどもお子さんが10歳と7歳なんだけどもやっぱりおんなじ兄弟なんだけどもやっぱり性格がちょっと違うんですって?

松阪≪まるで違いますね。上がのんびりで、下はチャキチャキしていて仕事してないときの私が長女と似ていて、仕事をしているときが次女と似ていて。そんな感じです

「2人は仲いいの?

≪仲よかったりけんかしたりああやって社会勉強なるんだろうなって2人いると思いながら。でもいないことが多いですからやっぱり下の子は頼りますねお姉ちゃんに

「それはそうでしょうね。今はかなりお仕事をやっていらっしゃって。今度舞台にお出になったりすると

≪はい

「ほとんど家を出たら特に芸術座

≪そうなんです

「お出になったらやっぱり早くお家を出てというふうになるでしょう

≪ええそうですね。

「芸術座は今度芸術座は初めて?

≪初めてです。あの奥様の冒険という本当にごく普通の普通すぎるぐらいの地味なさえない主婦がね隣にカラオケ教室ができちゃってもうるさくてうるさくって苦情を言いに行くんですけどもそれがきっかけでなんかカラオケにみせられて行きまして歌うことでもうひとりの自分を発見してきれいな女の人に変身していって夫の愛を取り戻すというような

「これはなかにしさんの

≪はいそうです

「原作

≪脚本演出。なかにし先生なんですけども。今ちょっとコマーシャルの間に黒柳さんが歴史をもっと勉強したいからあのそういう関係のある番組に出て

「クイズ番組ね

≪ええ欠落しているからじゃないけども、自分の中でね・・私自分のいいところって何をやってもさわやかなことだと思うんです。でも自分のね足りないところはねぇ何をやってもさわやかになっちゃうところだと思うんですね(笑)

「いいじゃありませんか(笑)

≪それでなかにし先生のね原作にひかれるのはなんかあの人間のきれいなところ汚いところなんかこうすべてを持った女性像というのが描かれていてで桜伝説のキョウコとあいう人もそうだし、赤い月の先生のお母様がモデルになったあの方もすごい幅が広いしだから自分の欠落しているところもちょっとあのやっぱりなんて言うんだろう探し出して表現したいという何かスケール感とか清濁合わせもつとかそういうことで中西先生の原作にはひかれるんですけども今度の奥様の冒険もやっぱり違うもうひとりの自分に目覚めていくという、でもコメディーですから

「本当の普通の奥さんがだんだんときれいになっていくという、見ていらっしゃる方も面白いと思うんですけども。山城シンゴさんとか

≪はい

「草刈正雄さんとかがご一緒に出てらっしゃるんですよね。11月12月と2カ月

≪2カ月なんですけども、もうとにかくあの無事これ名馬でうまい下手よりもとにかく健康で1日2回舞台に立つということで完走しようと

「2回の日もあるの?

≪2回の日もあります。いっぱいあります

「1杯ある。そうですか。芸術座はお客様がわりとちょうどこぢんまりとまとまっていい劇場で私も何回もでましたけどもいい劇場ですものね私大好きなところなんですけども。声もそんなに大きい声を出さなくてもね大丈夫だし。初めてだったら楽しみもいっぱいあるでしょう

≪そうですね出演者のかたたちが芸達者の方が多いしとにかくチームワークよくやっていこうと思います

「そうですねそれが1番だと思います

黒柳「前に面白い話をしてくださって

松阪≪はい

「なんかわりとあなたは小さいんだけども間違いが多くて目薬とうがい薬を間違えて、あれもすごいですよね目に

≪うがい目薬をさしていったもう~。真っ赤になっちゃって

「痛かったでしょう

≪いたかったです。すぐにお医者さんに電話をして大丈夫でしょうかって。大丈夫って

「あなたその電話をした時に小学校の

≪そうでしたね

「校医さんに電話をして

≪そうでしたね!何で小学校の校医さんに電話したんでしょうね。大人なのに25も過ぎていたのに

「大丈夫ですって。その時はまだ奥さんになっていないとき

≪全然

「でもびっくりした。びっくりしますよねうがい薬を目に入れちゃって。

≪でも真っ赤なのにそのまま収録もしたんですよ(笑)。

「それでも。洗ったりはしたんですか目の中

≪はいしました(笑)

「そうですよね。それとワイヤレスマイクをつけてトイレに入った。

≪それもありますよね。

「その時はあなたお気づきにならなかったんですけども何となくトイレから出てきたら男の人がみんなフンフンフンって。そして聞こえたんですかって言ったらいいえと皆さんおっしゃったけども。最近ですけどもお財布を忘れて家を出た。

≪そうそう2日続けましてねぇ。舞台のことで心配だったの体力がもつかしらセリフが覚えられるかしらって。それで整体に通ったりしていてとにかく何も考えないで寝なさいって。その心と体とねやっぱり一緒なんだから体を無理して引っ張っているから調子が悪いんだからといわれてそれがすごい説得力があってその翌日と次の日お財布を忘れて出たんですけども「あ!」直ってきたんだなって思って。これぐらいがちょうどいいんだなと思って

「そうでそのかわりお嬢さんたちがすごくしっかりしていらっしゃるんですってね

≪しっかりしていますね。よく言葉の訂正をさせられます。

「でも1番いいときでしょうかしらね。ちょうどもしかしたら

≪私も基本に戻って頑張ろうと思います

「(拍手)

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