2002年2月6日
黒柳「”ナージャの村”は最初の映画?」
本橋≪そうです≫
「まあみなさん賞をたくさんお取りになったって言ってもねえ紹介しますと平成9年度の文化庁優秀映画作品賞、ドイツのフライブルグ環境映画祭グランプリ、第18回ハワイ国際映画祭ドキュメンタリー部門グランプリ・・・まあどっちにしてもベルリンの映画祭の招待作品というのはうれしいことだと思います。ナージャの森の方は音楽を小室等さんで。”アレクセイの泉”の方の音楽は坂本龍一さん。これは坂本さんのことを全然お知りにならなくてお頼みになったんですって」
≪はい≫
「それにつけてもこれだけのたくさんの評価を受けたことはどういうことと思いますか」
≪運が良かったということですか≫
「いずれにしてもチェルノブイリの」
≪悲劇を映すんじゃなくて無くした僕らの豊かさみたいなものをそこから書くということはどういうものかとそういう撮り方ができたら良いなと思ったんです≫
「ナージャの村は強制立ち退きで住んじゃいけないって言う風になってるんですがそれでも住んでる人達の中にナージャがいた」
≪そうです≫
「ちょっと写真なんかも見ていただきますが写真家でもあって土門拳賞なんかも取っておられるんですけど写真はモノクロで撮ってあるんで暗い感じに見えますが映画のほうは緑色の本当にきれいな緑でいったいこの中で何がいけないんだっていう感じで、でも放射能っていうのは目に見えないから恐いなって思いますね」
≪匂いもしませんし、音もしませんし≫
「そうですねずいぶん子供が残っているんですね」
≪ここはナージャーの一家がそっくり残ってたものですから。ただ夏には町に引っ越すことが出来たんです≫
「ナージャーの村はなん家族ぐらいがいたんですか」
≪600人住んでいたんですね≫
「それがみんなでていって」
≪8家族15人が残ってる≫
「やっぱり映画をお作りになってどうでしたか作ってよかったと」
≪そうですねよかったと思います。どういうかな例えば葉っぱの音なんか都会ではなくなってた音があるんです。春夏秋の葉っぱがすれる音がありますよね≫
「はい」
≪本当はもっと悲劇的なものを撮らなくてはいけないんですがそれこそ20世紀僕らが豊かになろう豊かになろうとしていろんなものをつくろうとして本当に豊かになったのかっていうとアレってこkの村々のほうがたくさんの豊かなものを見つけることが出来たっていう。そういうものを撮っていきたいって思ったんです≫
「不安ではあるんですけど人々の愛情みたいなものがねえ。本当に放射能って恐いと思ったのは本当にすばらしい自然と人々もピンク色の服なんかを着ているんですけど本当に放射能は見えないということが恐い。でも草や何かは生えてくるんですねえ」
≪消えてかないですから。なかなか。プルトニウムは1億年で半減するそうです≫
「でもこういう風に作っていっていただかないとチェルノブイリのことも段々忘れていってしまう。そしてその中に人々の人情が残っているということを皆さんに知っていただくということがね。これからナージャたち子供がどうなっていくかみんな心配しているそうですね。今のところナージャは元気?」
≪去年まで”アレクセイの泉”のロケで行く度にあっていたんですが体内被曝量っていうどんどん放射能が溜まっていきますねえそれがスーと減ったんです≫
「なんで」
≪そういうある程度綺麗なとこに住むと減っていくんです≫
「減っていくんですか」
≪だから今のところ元気だしただこれから大人になってそういうことが出てこないかっていうと何の保障もないし≫
「この事件がおこったのは86年」
≪そうです≫
「16年前になりますかねえ。やっとナージャたちは都会に行くことになってそこは大丈夫なんですか」
≪大丈夫です≫
「今上映中の”アレクセイの泉”は大変いい映画でこの泉っていうのがすごくいい泉でこんなことがあるのだろうかって言う泉なんですけどコマーシャルを」
~CM~
「本橋さんがこの辺の村のことに興味を持ったのがチェルノブイリ基金の人たちと一緒にいったのが」
≪レンタイ事務基金から松本に本部がある≫
「”アレクセイの泉”はどういうことから。ナージャの村をお撮りになったのに」
≪ナージャの村が8割がた回収できたものですからよしじゃあということで≫
「お金のことですか今の」
≪それから95年からチェチェルノスク地区というんですか保険局の女性がですねえ面白い泉があるよということで連れて行かれたのが始まりでなんで汚染地区でなんでこんな綺麗な泉が湧いてるんだろうということで行くたんびにそこえ寄っていたんです。ただどんどん人が減っていくものですから≫
「住んではいけない地区」
≪はい移住地区。移住勧告地区。強制ではないのですが。じゃあ早く撮んなきゃだめだねということで去年撮ったんです≫
「不思議な泉なんですけどそこだけは化学的に調べても放射能がない。映画の一部を今上映中なんですけどみなさんにごらんいただきます」
~映画再生中~
「このアレクセイという男の人がのんびりとした男の人なんですけど残った若者って言いますかねだからみんながかれの力が必要なんですねえ」
≪はいそうです≫
「そういうことでアレクセイは残っているんですけど、残った理由もはっきりしているんですけど本当にすばらしい映画なので皆さんにもごらんいただきたいと思います。ちょっとコマーシャル」
~CM~
「このアレクセイがお父さんとお母さんと住んでる村は元々は600人」
≪そうですね組合農場があった場所なんですけどみんなそこで働いていた≫
「何人になります」
≪55人。平均年齢が67、8になります≫
「それでアレクセイのお父さんとお母さんはアレクセイが結婚してくれたらいいって思ってるんですって。でアレクセイの詩があるんですけどそれを」
両親はあの混乱のとき引越し先をみつけようとした。結局この土地からでていくことを望まなかった。だから僕はここに残った。他へ行く気は無かった。手伝おうと思ったんだ。僕はどこにも行かなかった。村からどこへも。どこへも行かなかった。もしかしたら泉が僕をとどまらしたのかも知れない。泉の水が僕の中に流れ僕を引き止めている。泉が人々に故郷に戻るように引き寄せているのだろう。そう、そういうことだ。
「(写真を見て)これがアレクセイですね」
≪そうです。後ろにいるのが姪っ子なんです≫
「なんかみんな町に行っても夏休みになると帰ってくる」
≪手伝いに行くというか自分たちの食料をもらいに来る。今までは自分たちで作っていたんですが町へいくとお金がかかる。≫
「若い子が来て収穫の分をもらって帰る」
≪幸いなことにジャガイモっていうのはそんなに汚染されていない≫
「お前が結婚すればいいのにって言っても誰もいなくなっちゃって町にでも行かないとおばあさんしかいないんだから。そのなかでもこの泉が良いからさって言う。この泉が汚染されないから。でも私たちが昔持っていた人と人との係わり合いというか、愛情というか、みんなが家にいて顔を見合わせたりして笑ったりするそういうものが残っている感じはしますね。本当に生きていこうとするところが本当にすばらしいし本橋さんは自分の2人のお嬢さんに”ゆう”さんと”らく”さんていう2人のお嬢さんにわかってもらいたいということでお作りになったそうですけどちょっとコマーシャル」
~CM~
「出てくるのはお爺さんとおばあさんばかりでたまに若い娘が出てくるのですけどお婆さんなんかのちょっとしたしぐさや何かがいいですね」
≪ええ≫
「そういうところから評価されているんだと思うんですけど映画は2月2日から東中野のBOXでやってます。それから映画は大阪、名古屋、札幌に行くことになっています。さっきの話にもどるんですけど娘さんの”ゆう”さんと”らく”さんというかわいらしい名前なんですけどやっぱりこういうことを次の世代に伝えたいということがお父様としては」
≪なんか彼女たちに伝えるメッセージみたいなものを残したいっていう。だからナージャが大人になったときに見せられるものを残したいっていう≫
「本当にありがとうございました」