本日の徹子の部屋ゲストは森沢典子さん

2003年2月10日

黒柳「本当によくいらしてくださいました。幼稚園の先生でいらしたんですけどもそれをお辞めになりましてイスラエルとパレスチナの問題に非常に関心をお持ちになってそれで現地にいらっしゃっていろんなこと見聞きなさったんですが。それをお話しを伺ってジャーナリストでも専門家でもない方がどんなふうにそれをご覧になったかということでお出でいただいたんです。森沢典子さん今日のお客様です。去年の3月を8月にいらっしゃいましてパレスチナの方から

森沢≪あのパレスチナに入るにはイスラエルの中を通っていかなくてはいけないので普通にイスラエル行きの飛行機に乗っかって飛行機の切符を買っていきました。

「そうですか。何か一緒におまわりになったときはおフランスのおばさんたちがその通話にお入りになったとか。

≪あのそうなんですイスラエルに入ってからそこから自治区の様子を見に行きたかったので。けれどもちょうどそのころ侵攻が激しくなってきてしまってあのどこもジャーナリストの人が入れないと言われていてそれで国連の方とかにも行きたいんですけどもんとお願いしたんですね。でもちょっと前だったらいっぱい難民キャンプとかで手伝ってほしいことがあるけども今は自分たちもいけないんですよと断られてばっかりいたんです。でもこれはいかれないかなとあきらめかけていたときにあるNGOのオフィスを尋ねたらあなた行けるわよって言われて。明日フランス人の主婦たちが8人でやってくるからそのツアーでいきなさいと言われたんですね。その方たちもとにかくこちらにいるとなかなかニュースが入ってこないので自分たちで現場を見てこようとそれだけでツアーを組んでいらっしゃったんですね。

「どっちかというと報道はイスラエルから出している報道はわりと伝わってくるんですけども。パレスチナの側の方は伝わりにくい。でもすごいですねフランスの主婦は。本当におばさんたちだったそうですけども行ってみようじゃないのということで言ってごらんになって自分の目で見て。ちょっとご説明させていただきますね(地図)これがイスラエルといっていいですね。その中にパレスチナの人たちの住むところがガザ地区という。そしてこれがオレンジの色のところがパレスチナの人が住んでいる。(ヨルダン川西岸地区)。まぁそれで問題になっているエルサレムとかベツレヘム、ヘブロン、ラマラ、トゥルカルカレム、ジェニン、ナプルスこういうところをお通りになったんですけどもこういうところが随分難民キャンプみたいなつまり国内避難民キャンプですね。このパレスチナの人でもって難民キャンプにいる人たちが多いというところをずいぶんおおまわりになったんですけども。去年の8月とそれと3月初めですけどもフランスのおばさんたちと一緒にご覧になってまあ初めの印象って難しいと思いますけども皆さんどういうことを伝えればいいだろうと思いになりました?

≪そうですねあのひとつはパレスチナ自治区本当に徹底的に破壊されていたんです。家の壁に大きな穴が開いていてそこを兵士が通り道につかったそうなんですね。だけど

「それはイスラエルの兵士たち。

≪そうです。であのところが私が行ったときにはちょうど兵士たちが撤退した後であの人々がその穴の空いた部屋の中にそのまま暮らしていてそして家の中のものを失ったにもかかわらずあの「ウエルカムコーヒーを飲んでいって」というんです。

「そうなんですってねすごくおもてなしがいいんですってね。とってもね。

≪それで最初びっくりしてしまったんですけどもはい。

「そういう感じで

≪ええ

「あのめげずにはイスラエルの人たちはここで暮らしている・・・いや違うごめんなさいパレスチナの人たちが暮らしている。ただその自爆テロというものがあるためにイスラエルの人たちはすごく恐れている。

≪はいあの軍事進攻の目的がテロを撲滅するためとか阻止するためとか未然に防ぐためとかそういうふうに言われていることが多いんですけどもでもあのその自分の国を守るためにあそこまで他の国を徹底的に破壊した2人を殺す必要があるのだろうかそれが1番疑問だったんです。それからあのその自爆テロ自体は私も非常に凄く辛い事件でそれを応援する気持ちにはとてもならないんですけどもでも腰に爆弾を巻いて飛び込んでいく自分の命も失ってしまうそこまでの理由というものを私たちが知らないままでいいのかな、それを知らないでこの問題を自爆はいけませんと語ることができるのかなという疑問があったんですね。

「だからイスラエルの方としてはもちろん自爆が怖いんですけども自爆されればされるほどパレスチナの人は自爆をするから怖いんだよということでどんどん締め付けが厳しくなるということもありますよね。

≪はいあのそうですねただその自爆をするということもひとつの抵抗ですけども1番は結局1番自治区として認められている土地に対してあのほとんどの土地にイスラエル軍が治安維持という名目で入っていってるんですね。そしてさらにはその中には入植地をたくさん作っていてパレスチナの人の家を破壊してはそこに新しく住宅地を作りそこにイスラエルの人たちが住みつくことによってあの時ここがもともとイスラエルであるということ既成事実を作ろうというそういう政策をしているんです。そのためにはイスラエルとパレスチナの国境付近の家というのはことごとく私がいる間にも何軒も破壊されてしまっていてそこに入植地として土地がとられていくんということがあるんですね。だから占領を続けていることに対しての抵抗がああいった形で出ていることイスラエルの人たちはなかなか見ようと認めようとしなくて、先にまずなぜ自爆がある?だから占領があるというところに収まってしまって進行しているんだというところに収まってしまっているところが。

「あの森沢さんがお取りになりましたVTRがあるんですけども~VTR・・・本当に破壊されているんですね

≪これはあの4月に侵攻を受けたジェニンの難民キャンプです。難民キャンプ自体は1平方キロメートルの狭い土地ですがそこはほとんど全壊してしまっていたんですね。国連の2つの人たちがブルドーザーで片付けをしていて中から死体も出てくるということもおっしゃっていました。

「でもずいぶんここは国連だけではなくてNGOいろんなボランティアの人たちも入ってそれを片付けしたりしたいとか随分しているですって?

≪はいあの出だしはそうだったんですけども今は立ち入り禁止になってしまって。こちらはガザですね。あの私が夏に7月の終わりに行ったんですが行って直後に住宅地に2トンのミサイルが撃ち込まれたんですね。イスラエル側は自爆を組織しているハマスの家族を狙ったものとコメントしているのですが行ってみたら2トンのミサイルがその後破断して回りに飛び散ってあたり一帯全部がの人たちが家を失って160人以上の死傷者が出ていたんですね。それが私はショックを受けてしまったんですけども。これはヘブロンという町です。あの特に4月以降強まったイスラエル側が作った法令がありまして外出禁止令というんですが、人々が家から外に出てはいけないですね。

「何か24時間外出禁止令出ているところもあるそうなんですね

≪はいあのヘブロンとナブルスの2カ所は数カ月続いています。これナブルスのアスカイル難民キャンプのあの学校なんですか。

「みんな学校に行ったりお買い物にも行けない

≪できないはずがみんなとにかく兵士の目を盗んで来られる人は来ている。ただちょっと見るとわかるんですが室内で、外では遊べないので私もちょっとでもストレスが発散できたにずっと夏休みの子供たちが友達と会えなかったりしているので体を動かせるようにと1番単純なお相撲を教えてあげたところなんです。

「喜んでいました?みんな。

≪はい。

「これあなたですね。

≪そうです。いちいちカリキュラムを任されまして。これはラマラとエルサレムの間を結ぶ幹線道路にイスラエルの方が作ったチェックポイントで。これがつまり自爆を止めるという理由で人々の動きを止めてしまっているものなんですね。

「並んでいるんですね人が。

≪はい。封鎖されてしまっていて通れないこともありますけどもあの普段の日常がこの状況なので。

「これは身分証明書何かを見せるんですか?

≪はい。1人ずつチェックします。そして救急車も止められてしまうんですね。

「じゃあもう本当に間に合わないこともいっぱいある。

≪はい。これは帰りのラマラに帰ろうとする人たちがやはりチェックポイントに止められてて赤ちゃんを通す通さないでもめているところです。~VTR終わり~

「これだけ見ても本当に緊迫していますよね。

≪そうですね。今のはでも落ち着いた状況の中だったんですが。

「でもあのパレスチナの人たちが自分たちは今度がれきのようなお家にでもすんでいないとそこに住む権利がなくなっちゃうということでその中に住んだりしている。

≪はいパレスチナの人たちのこうやって破壊されたととにかくあわてて逃げますよね。そうするとそこに人がいなくてで後からきたイスラエルの人たちがここは誰もいなかったから私たちが正式に買い取った土地なんだといわれてそして土地を奪われてきただから私たちは何をされてもここをどかないだというふうに私に言うんですね。

「でもみんなすごく強い。

≪そうですね強いというか明るいのでびっくりするんですよね。

「まあ家が壊されて人が殺されてもやはりそこから立ち上がらないわけにもいかないなんてお花をうえて歌を歌ってお客さまをもてなして次の日に向かうというようなそんな生活みたいですねあなたのご本読ませていただいたところによると。

≪ただああいった侵攻や破壊から逃れて、自分たちが生きていくために彼らにできる唯一の抵抗がそれなんだ。花を植えることなんだ、それから学校をとにかく少しでも維持していて子供たちが学ぶ機会を保障していくことそれが私たちの闘いなんだ。一つ一つ聞いていくうちにそういった抵抗というのは声になりませんしこちらにはそれは届きませんだけどそれがだんだん膨らんでいっぱいいっぱいにっていうなったときに自爆とかそういう抵抗が生まれると初めて私たちはニュースを見ようとするそれじゃ遅かったんだということに気がついてだからずっと知らない顔をしていて知ろうとしなかった自分のことをすごく反省してしまったんですね。

「日本もずいぶんパレスチナには炎上しているんだそうですけども

≪そうなんですねはい。

「それがあまりに聞こえてこないので

≪向こうに行くとねありがとうってすごく言われるんですね。あの村を先程チェックポイントのお話しをしましたが地方の村に行くとたった1本しかない道を大きな山を作って道をふさいでしまうですね。

「イスラエルが。

≪それをとにかくみんなで必死に掘るんですけどもそうしないと給水タンクが通らないですね。で村に水が届かない。これは自分たちの村のセキュリティーのためといってやっていいことなのか私には分からないんですがあれをとにかくみんなで必死にスコップでとかして給水タンクを通れるように1日かけていくつもこういった山を取り除くですけどもそれでやっと届いたが給水タンクを見たらジャパンと書いてあってそれでみんながありがとうというですけども。でもこれで日本の人たちどれくらい知っているかなって思ったんです。

「本当に日本もパレスチナに応援しているんだけどもまたあのイスラエルの人たちにも何かでなんて言うんでしょうかいい顔をしなければならないところが。

≪日本がですか。そのイスラエル軍に対して1番はの援助をしているのはアメリカなんですね。でそのアメリカに対して1番援助をしているのが日本なので日本は直接手を下してはいないんということになっているんですが私自身すごく胸が痛くてであちらに行くとそういった自分たちの政治レベルのことになかなか私たちに手が届かないけれどもでも国がやっていることに責任を感じて駆けつけている外国人の方たちがたくさんいらっしゃったんです。その中にアメリカ人の人たちが1番多かったのでそれはびっくりしました。

「全部の人がイスラエルに加担していることではないということですよね。

≪はいしかもそれは私がパレスチナのこと支援したくて行くというよりはイスラエルもこのままというのはすごくつらいんじゃないかなと思ってそこにはイスラエルの人も援助にきているんです。

「そうなんですよね。まあだいたい外に出ちゃった人も含めて難民が387万人とか言われていてここに住んでいる人たちが146万人と言われているんですがイスラエルの中にいる人たちもいるユダヤ人たちもいますから外から入ってきた人たちもいる。やっぱり530万人ぐらいの人がいるんじゃないかと

≪イスラエル側はだいたいそうですねぇだいたい500-600万人ぐらいいらっしゃるそうですけども。

黒柳「あの森沢さんがそもそもパレスチナとイスラエルの問題に非常に関心をお持ちになったのは広河隆一さんというカメラマンの方、はの方はねこちらにはチェルノブイリのことでおいでいただいたんですけどもこのイスラエルとパレスチナの問題について随分長いことやってらっしゃるですね。

森沢≪そうですね広河さんはフォトジャーナリストの方なんですけどもパレスチナ問題に関しては今年で36年目になるんですね。しかもあの最初のご自身のきっかけというのがイスラエルにあこがれてあちらに共同体のキブツ歩(主に農場を営み集団生活を送るイスラエルの協同村)というのがあるんですがその中に入っていつも楽しく暮らしていながら後ろにいつも瓦礫があるのが気になってあの瓦礫は何だろう?と思っていたそうです。それがない中を調べてみたら破壊されたパレスチナの村だった。そして古いイスラエルの地図を見るとアラビア語でもともとそこにあった村の名前が書いてあってそこが全部印がつけてあって破壊されていると書いてあった。それでご自身はこの問題に個人的にその中で自分は加害者としてその同じ時に戦争が起きていまたからいたことに向かい合ってきたそれで36年たってしまったんでおっしゃっていました。

「それだけ関心を持ってらっしゃる方でもその自分が加害者になってしまうという無関心でいることが加害者になってしまうと

≪そうですね知らないということがいつのまにかそういうことに

「でも36年間をとりなったフィルムがずいぶんたくさん残っているんですって?

≪そうなんですもちろんそれを全部伝えることはできないんだけどもでも広河さんの事務所に行くと難民の人たちのこれまでどういうふうに生きていたかそういったことインタビューしたものがたくさんあったんです。それを見たときに私も別に今パレスチナだけを守りたいとかイスラエルおかしいんだと言いたいのではなくて幼稚園に勤めていましたけども子供たちがけんかをしますよね、そうするとこの子がぶってしまった時にぶってはいけませんごめんなさいはと言っていただけでは絶対にその子たちの中ではあの殴った理由、自分たちの言い分が残ってあのちっとも解決したことにならないことを私はわかるんですね。だからどうしたの?ってよくよく話を聞いていくとお互い相手の言い分を聞いていくうちにああそういうことがあったんだと分かって仲直りがやっとできるとそういうふうに思ったときにこういう問題に今は自爆テロがあってイスラエルの侵攻があってというそういうニュースで終わってしまうからどっちもどっちなのねって思ってしまうことがあるんですけどもでもイスラエルが建国されたときに発生した大量の難民の人たちの存在を無視してこの問題を見ることはできないしそれからイスラエルがどうして国が欲しいくてどうしてここまでやり方はいろいろ問題があるんですけどもでもイスラエルという国があの人たちにとって必要であるという理由がやはりその前の時代のホロコーストとかいろんな歴史につながっていくそこを丁寧に追わなければいけないんじゃないかとそういうことで広河さんのそのフィルムは貴重だなと思ったんですね。

「で広河さんがいろんな運動をしてらっしゃるそうなのでその辺のお話しをうかがうんですけどもちょっとコマーシャルをはさみはして

≪ああすみません

「コマーシャルです

黒柳「それでは35年間このイスラエルとパレスチナの問題を取り続けていらっしゃる広河さんのVTRがやっぱりございますのでちょっとご覧いただきたいと思います。~VTR~

森沢≪外出禁止令がしかれた中で兵士たちが捜査をしているんです。

「この兵士たちだってビクビクですよね。イスラエルの兵士たちだって。

≪そうですねいろんな方がいて怖がっている方もいたしそれからの本当にこんなことは嫌になってしまうという方それから本当に正義を感じていて。あパレスチナこうやって人の子供たちがいる前で家の捜査と言って家の中のものを全部壊してしまったりするんですね。

「すごいですねこの破壊し尽くす

≪ジェニンだと思います。あの4月の2日から17日間、これは今遺体が出てきているところですね。17日間あのずっと攻撃され続けていてそしてまたこの人たちは難民ですよねその難民の人たちがまた家を失ってしまっているんですね。

「まあどこもそうですけども子供たちには何の罪もないのでかわいそうですよね。~VTR終了~

≪この方の妹さんが看護婦さんで看護婦さんの服を着ていたのにうたれて殺されてしまったと伺いました。

「そうなんですってね。その広河さんのおとりになったフィルムを使って

≪はいあのわたし自身がパレスチナに自分で行ってみて初めて知ったこともたくさんあったんですけどもでもあのそういったことをいろいろとこう話をする機会をいただいて話をしているときによくでマスコミは何も教えてくれなかったという方がいらっしゃるんですけどもだけど本当にそうだろうか?マスコミだけのせいだろうか?私たち市民、市民が素人してきただろうか、必要な情報を自分たちで手に入れようとすればできるんじゃないのかなってそういうふうに思ったんです。一方広河さんは取り留めたああいうインタビューがたくさんあるにもかかわらず面で放映する機会がなかなか持てなくてでもそれは歴史の中ですごく大事な証言だったんですね。だったら私たちが市民一人ひとりが直接サポーターになってスポンサーという形でお金を出してそして入った情報をひとつの映画にまとめてみたい人たちに知りたい人たちが見ることができるそういったことができればと思って呼び掛け始めたのが一こまサポーター。

「一コマサポーター。おいくらなんですかこれは?

≪金額の上限は下限もなくてそのこれにはこれだけ払いたいという思いをくださればと思っているんですけども。

「そして何かのドキュメンタリーみんなが分かりやすいものを広河さんがお取りになったもので作っていこうという。

≪そうです。

黒柳「後詳しくは森沢さんのホームページをご覧になったり、または”パレスチナが見たい”という本も書いてらっしゃるのでそういうことお読み頂いてもいろんなことが詳しく分かると思いますけども幼稚園の先生として

森沢≪はいあのどうして幼稚園の先生をやっていた人がパレスチナに行くんですかとよく聞かれたんですけども私にしてみると幼稚園という場所は子供たちが本当に幸せに方なってほしくて毎日いろいろ過ごしているわけですよね。そうすると環境の問題も本当によく見える場所なんですね、だから自然にその先にはパレスチナのこともありますしいろいろ私たちが気がつかないだけでその同じ地球の中にいる子供たちが隣のクラスにいる子供たちというのとたいして変わらない感覚であったんですね。

「じゃあそういうことから自分の目で見てみようというふうに

≪そうですねえ

「でもまあ子供はどこの国の子供でも可愛いでしょうからね。皆が平和に幸せになってくれればいいと思うんだけどもこの問題は本当に長くかかっていますよね。

≪そうですねただ自分で私は1つ反省したんですけどもパレスチナ問題はイスラエルとパレスチナの問題と思いですが例えば最近何でも安く売っている日本ではお得なものということにみんな飛びつくけれどもそういったお得な値段にするためにどれだけ海外の方たちに暴力的な労働を押し付けているかそして私たちは何かお金で物を買う、そして物を得るとただもっとほしくなるだけ。それは幼稚園の子供たちに教えてもらったんですけども子供たちというのはいくら物を与えても満足しないですね。もっとほしくなるだけで、それでモノがいっぱいあると守りに入ってしまう。じゃ子供がどんなときに満足するかというとあの一緒に落とし穴を掘って大成功した時とかそれから何もない教室で退屈して皆で段ボールで大きい家を作ってて散々に遊んだ時とか畑に行って育てたものとかが収穫できてあの食べておいしいねと言っている時とかそういう分け合っているときだったんですね。だから子供の時に目に見えないものが見えるようにしてあげたいなぁって思っていたのにパレスチナに行ってみたらばあのとにかく戦争をして奪ってでも欲しいものがあるそして奪われてしまった何もなくなってしまったパレスチナの人たちは必死になって与え合っていたんですね。だから失業者が70%以上いるのに物ごいの人もホームレスもいなくてでみんなが私をもてなしてくれる。だから私たちももう少し生活を質素にしてでもあの違うものを大事にしなくてはいけないんじゃないかなとそれが戦争の理由になっているじゃないかなて思ったんですね。でもある

「当たるような普通の幼稚園の先生がそういうお話しをなさるということも大事だと思います。これからもどうぞそういう活動を続けください。今日は本当にありがとうございました。

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