本日の徹子の部屋ゲストは有馬秀子さん

2003年2月24日

黒柳「今日のお客様は先程もご紹介申し上げましたように銀座のギルビーAというバーのママさんでいらっしゃいまして、夕方6時から夜中の12時まで働いてらっしゃるんですが何と100歳でいらっしゃいまして5月になると101歳ということでございますがひとり暮らしをしていらっしゃって毎日現役でお勤めをしてらっしゃる方はもうこの世の中にあまりいらっしゃらないようでございますけども有馬秀子さん今日のお客様です。よろしくお願い申し上げます。あのキルビーAというのはコリドンガイという。

有馬≪さようでございますね。それもわりと最近と申しましても20年ぐらい前ですけどもそのころが名前がつきましたんですよ。

「あの数寄屋橋センターからどちらかといえば新橋よりの方。

≪そうでございますねずっと新橋より土橋よりぐらい。

「そうですよね。あの有楽町から新橋に行く電車が走っているところのしたといってもいいようなところの。何年間やってらっしゃる?

≪今年で52年目でございますね。

「昔は追剥が出るといわれた

≪そこをねそれこそ今お話ししました福田さんなんかがよく遊びにいらっしゃいました。

「福田コウソウさんのお話を今していた。

≪高輪におりましてね、そんなもんで銀座にまあいろんな野心から野心なんてものではございませんね思いつき、全くの思いつきから喫茶店をいたしまして喫茶店というのは案外難しゅうございますね。お紅茶をどういうふうに入れようか、においを高くそしてコーヒーも濃くきれいに入れようと思ったら難しくて。もそれはいろいろ考えましたんですけどもまあ少しお話し申し上げてもよろしいんですか?

「どうぞ

≪そうしたらある日何かあのこんな日がスポーツをしていらした方がいらっしゃいましてね。ビールでも飲みたいなとおっしゃったものですからジャーといって向かい側が酒屋だもんでビールを買ってきてあげて、

「それは白金の方で。

≪白金の方で。そんなことで皆さんビールが欲しがってじゃまぁ苦労してコーヒーをいれるよりはビールの方がいいなと思いましてそしてバーになってしまいました。そうしましたら今のあそこの駅があんなに広くはございませんで私どもの家が取り払いになったものですからまあやむを得ず

「五反田の近くですよね。

≪五反田で三菱商事の方もやはり今度本当の三菱商事になるから丸の内に引っ越すと。ちょうどいいあんばいだったもんですからでまあ銀座の1番安いところといいますと今のコリドー街だったものですから

「だから追いはぎ出るような寂しい

≪ひとっこ一人全くひとっこひとり通りませんでした。

「あそこはそうですね。もう1個向こうのいわゆる電通通り、あそこに行けばすごいんですけどもあの1本ちょっと

≪あそこからこちらにお入りになる方はめったにいません

「でもこのごろはすごいですけども当時は。

≪今ね先生がいらしたらひどい町になりました。やすい食べ物屋さん、

「先生とおっしゃらないでください黒柳と。

≪行列でございますよ。

「行列

≪その店がみんな。

「安いお店

≪安くてまずおいしいんでございましょうね。まずまず。

「食べ物屋さん

≪お寿司やさん。名前はいっていいでしょうか。緑寿司って有名でございますけれども。それからあと1杯それから大きな資本ですからうちあたりのような建物と違ってすごく立派な

「アレなんですってね今のところに52年。まあなんと言ってもお話は終戦直後から始まるのでそのお紅茶がどうのコーヒーがどうのと言っても材料が特に手に入らない時代におお住まいだった白金の近く五反田の近くで喫茶店をはじめになったんですけどもこんなに暑いときはビールが飲みたいねという人がいらしたからビールをお出しになるようになってそれじゃそこを取り壊しになったのでまあ銀座の方に行ってみようかなということで今のところにお出しになったということなんですけども。当時のことですのでものもない何もないというところからおはじめになっていらっしゃるので銀座で52年ずっとやってらっしゃる方って少ないんじゃないでしょうか。

≪絶対にございませんね。ただああいう商売というのは昔は教育というものがなかった時代、いらなかった時代もあって子供さん時代からバーテンの職業を身につけた方は50年って程度はあるかもしれません。全くの玄人で有名なそうですけどもちょっと場所がね違っちゃいまして今の場所で52、3年というのは私ひとり。大概私の所では経営者が私でございます。屋号が私で場所が今のところででそれを52年というのは私だけ。あとはちょっと引っ越してらした方はええいらっしゃいますが。そこが自分が育てられたところがビルになったりなんかしたものですから

「お住まいの方はいらっしゃっても。

≪いらっしゃいましたけども。

「なんでこちらの有馬秀子さん。キルビーAというお店をやってらっしゃるんですけどもとにかくあの6時ぐらいから夕方いらっしゃいましてずっと夜の12時夜中の12時までそこでお客様と接待したり。ちょっとVTRがありますのでおうちをお出になるところからどんなふうにしてスタスタと歩いていま100歳、5月になると101歳におなりになるんですがちょっとお客さまの顔はお見せできないですがこんなふうにしてお仕事してらっしゃるということをちらっと見せていただきますのでちょっとご覧ください。~VTR~

≪うちの前がタクシーが10時までしか

「乗せてはいけないですか。

≪はいタクシー乗り場が遠いんでございます。そこのところを自分でそれこそ声を出しながら転んじゃダメよ転んじゃダメよ一歩一歩いけば進むんだからねと自分で声を出しながら言い聞かせませんと遠いんでございます。

「電通通りのどこかのところにありますよねタクシー乗り場が。そこまでお歩きになってらっしゃる。

≪電通通りではなくて第一・・

「第一ホテルのあたりですか。日航ホテルですね、第一ホテル。

≪第一ホテル

「あんな遠い所まで。銀座通りを通り越して向こうまで。そんなのって遠くありません。銀座を横切るじゃありませんか。

≪それでいつかもね割合最近なんですけどもああやっと来たわと思って安心して転んじゃいましてね。やはりこんな歳ですから翌日どこかを打つんでございますね。いまだにやはりいとうございますね。

「だけど今お話しをうかがったけどもコリドー街からずっとお歩きになって電通通り、それからなんとかかんとかかんとかあと1杯あって銀座通りその向こうのところですもの第一ホテルって。

≪銀座通りを超えてではなしになんというんですか右側うちの方のコリドー街から行って見て右側の方の第一ホテル。古い方の第一ホテルなんです。

「わかりましたわかりました。お宅の方からずっと歩いていらっしゃってガードを超えてそれからまた新橋の駅の方に歩くのかなと思って。でもあれも随分ありますよね。

≪あります。

「あれ夜お歩きになるんだったら

≪これも自分のためだと思います。毎日一生懸命やっております

「お食事なんかはどうしてらっしゃるんですか?

≪これは笑いものでございます。私すんでおります高輪というところは何もないんでございます。昔からの屋敷町。

「お店がない。

≪いわの詰まりがローソンでございますからは先生方もおっしゃられたら笑いになるですけれどもローソンのおにぎりがおいしいです。

「私ローソンよく行きますけどもおにぎりがおいしいですか。

≪とても良いお米を使いますからねコシヒカリを。ですからおいしいんでございますよ。ですからローソンでおにぎりを買ってきてあと納豆もございますしねそれからラッキョウもございますしそんなようなものをいただきます

「何かウルメイワシは毎日召し上がってらっしゃる。

≪それから毎日いただいておりますとにかく朝いただいておりますのは牛乳を2合私は1合2合でとっております。開けるたびに嫌だなと思うんですけども嫌いなんです。ですけれどもこれが体質で女性の方がいらっしゃるからなんですけども私便秘というのはしたことがない。

「じゃお通じがよくなる。牛乳2合が

≪だからまあ

「骨にもいいと言いますしね牛乳は。カルシウム。

≪それにあと朝、アサでございますけども卵の黄身をひとつ。ラッキョウを3粒。それからお漬物を刻んだものをお皿に少し

「それからあとうるめいわし

≪うるめいわし3匹。いちいち10匹くらいの検討でいただいております。

「そのまま召し上がる焼かないですでに焼いて干してあるやつ。

≪あのフライになっているんですね。ギルビーで売っているやつを

「ギルビーで売ってらっしゃるんですか

≪売っているというよりも店でお出しするんです。

「お酒のおつまみに。

≪割合とねおいしいんでございますよ。かすかに塩気がございまして。

「じゃあ硬くなっているみたいだけども実はフライになって

≪小さくてこのぐらいですから。いただきようございますね。

「それと有馬さんのお話しを伺っているとは昔はこういうふうなお話しのような方がいらっしゃるんだなと思いますけども今しゃべり方が乱暴になっておりまして私なんかも本当に乱暴になっておりますけども有馬さんのお話しを伺っているとああそうだこういうお話しをなさった方が昔はいらしたなと思うんですけども。本当にこうきれいなしゃべり方をなさる方今はいらっしゃらない。だから若い女の方がギルビーAにいらっしゃいたいというのも有馬さんに会いたいというのもありますけどもそのお話の仕方も

≪どうでございましょうかそれは分かりませんけども。ええとそれから私浅草生まれの浅草育ちでいろんな点から後輩の女学館の後輩の人からの紹介で有名な小川宏さん、先生のこのあれで有名になりましたからねあの方ともとても親しくして

「小川宏さんと

≪でも今度もねもしかしたらあれを紹介するかもこの番組を紹介するかもしれないとおっしゃったのででもあんな大きなで番組って徹子の部屋なんかに私なんかがと申し上げたりしたんでございますけども。

「今日はおいでいただけてみんなとても楽しみにしております。でもこんなふうに全くお年を申しあげなければどなたも100歳ときっと思いにならないと思うんですけどもそれでもこうやってお仕事を毎日なさってそしてお食事を召し上がったのうかがいましたところによるとやっぱり粗食がいいような感じが私たちは食べ過ぎだなという感じがちょっと思うんですけどもあのそういうふうになさってちゃんちゃんちゃんちゃん歩いてお客様とお話しもなさって夕方の6時から12時までお仕事をなさってまたそこをずっとお歩きになってタクシーに乗っては白金までお帰り五反田の近くですけどもそこまでお帰りになって日曜日はお休み。

≪はい。あの土日

「土日がお休みでいらっしゃるんですね。

≪ですからこれがすごく金曜日から金曜日の朝から楽しみ。それをねお客さまなんかに申し上げたらぼくたちとおんなじだなってみなさんおしゃいますけども本当に今日月曜日ですか。

「そうです。

≪今日の朝は嫌でしたの。でも今日は同じ嫌といいましても今日は大変な大変な番組が私みたいなものがいい番組に出られるなんて大変な声で。

「いやいや私も楽しみにしていたんですけどもでもこういう方がいらっしゃるので私たちもみんなそうだそうだやっていくとこういうふうに言われるのかもしれないとみんなが思えるのが素晴らしいことだと思います。ちょっとコマーシャルがございますのでコマーシャルの後に続けてということで有馬秀子さん続きます

黒柳「今すごく面白かったのは小川宏さんとよくお話しになると。小川宏さんは面白いんだけどもうダジャレをおっしゃるので、どこで小川さんがダジャレをおっしゃると

有馬≪たいがい店にいらっしゃいましていろんなお話しの時からちょっとすると今ははっきりとは覚えておりませんけどもダジャレをおっしゃるものですからいつ言われるかなと思っていると話していてもこちらは油断もないんですね。

「(笑)

≪いつ落とされるかと思いまして。

「どこでダジャレが出てくるか

≪分からないんですよ。

「でもともと浅草生まれの浅草育ちとおっしゃりましたけども本当は主婦でいらっしゃいまして。そして戦前は京都芦屋にお住まいで戦後は東京白金にお住まいでいらして大きなお屋敷に住んでいらしたような方なんですけども。ご主人様は鐘紡の関連会社の偉い方でいらっしゃったそうですけども。ただ長生きなさるのは【写真】ご主人様ですか?

≪ハイ左様でございます。

「有馬さんと一緒のこういうご夫妻でいらっしゃったんですね。本当の普通の奥様。

≪ほっぺたがずいぶん大きゅうございましたねこのころは。

「それでいらっしゃったんですけどもそれもご主人もご存命の時で息子さんがまあこんなことやっているのなら喫茶店でもやったらとおっしゃったことからそれがもう55、56年ぐらい前のことですね。

≪そうですね。その時のお話しを申し上げてもよろしいですか。喫茶店て私どもは喫茶店というようなところに行ったこともございませんので、行きましたらも売らないと言われましてね。やはり先生もご存じかもしれませんけどもご経験でしょうけども上げようといったときに入らなくても、上げないようと言われると欲しくなる。何か人情がそれからちょっと歩いていましたら駅の真ん前に素晴らしい2階家が建っている。大工さんみたいてなのが長いしておりまして何をするんですかと言いましたらバーかね喫茶店でしょうねまだ決まってませんというものですからじゃ急に欲しくなりまして、一言主人にこうですからといったらしょうがないやといって、また主人も一言しか返事をくれませんから。でな大工さんが区役所の手続きも全部してくれてで商売を始めましたのがそのギルビーでございます。そしてそこへ財閥解体というのがございまして。三井三菱古川その他大きな会社が30ぐらいに別れさせたんです。マッカーサー指令が。ご存じないかもしれませんけども

「いいえいいえ

≪でそこのひとつが五反田にあったものですからで私が素人で変わっていったものですから喫茶店で毎日社長以下皆さん来てくれて。そうしたらあるときに今度東京へ帰って丸の内に帰って三菱商事になるんですよとおっしゃって。その時ちょうど私のところが取り払いになるのと、

「その喫茶店が。

≪はい。大変いい機会だったのですどうせ行くんだったら銀座がいい。銀座だったらお金はないけど1番安いところともって新聞広告をこう見ましたら今のところが1番安くございまして。それでまあ手金というのを打ちまして翌日新聞を見ましたらね銀座に追いはぎて現れる。あらどこかしらと思って見てたらうちの前なんですよ。

「あらあら今度手金を打ったお店の前で追いはぎが。

≪はい。こんな寂れたいくら安くたってまあ困ったなと思ったけどもしょうがない。

「それからおはじめになった。それから52年。

≪52年。

黒柳「さっき本番前にちょっとお話し申し上げたんですけどもシェークスピアの翻訳で有名な福田コウソンさんの妹さんの福田タエ子さんという方が文学座、杉村春子さんのいらっしゃった文学座にいらっしゃったんですけども福田タエ子さんとお知り合いでいらっしゃったものでとてもお若い研究生や何かがお店にちょっとアルバイトに来てくださって。

有馬≪やはりみんなアルバイトにね、福田さんが本当は私がおばさまがあの喫茶店をなさるんだったら手伝いたいけども遠いからじゃ兄に頼んで文学座のひよこさんたちをあれしてくださいと。そういう連中がいっぱい。

「そうですか。五反田から銀座の方までそういう方たちが来てくださった。でお客様はさっきも言ったように三菱や何かが丸の内に戻ってそしてお客さまとしてきてくださった。で今お話しをしていたら幸町のNHKが近かったんですがNHKのお客さんもずいぶん多かった。

≪おおございました。でNHKさんも今でも同でございましょうけどもテレビですからあの銀行でも12月31日までございましてね。12月は。ですから私どもも12月31日までいたしまして。で内からおでんをこしらえたりNHKさんのために。

「みんなの生放送でしたから当時みんな働いていましたものね。

≪そのおでんを召し上がったりしてお帰りになって。今いろいろそうでございますで51、52年前というと考えるといろんな思い出が。

「そうでらっしゃいましょうね。でもまあ長生きをなさって素敵なんですけどもその間にご主人が亡くなって息子さん御夫婦も亡くなりになったんですって。

≪その時に今は申し上げますと変かもしれませんけども私も死んじゃいたくなりましてね。私に方法を考えました。はい。1番人生でその時が悲しゅうございました。

「息子さん夫婦が

≪息子はがんで亡くなりまして。でそれの看病疲れでそれの家内がすぐにお葬式がすんで皆さんにねぎらいをしますと脳出血ではいいわゆる植物人間で1年半は息はしておりましたけども口もきけないし分からないし

「だいたい何歳ぐらい

≪そうでございますね私が

「息子さんが

≪息子が60歳ぐらいでしたかね。よく自分の年さえも分からないからこのごろは忘れちゃいましたよ。

「まあ息子さんは60歳ぐらいで奥様もそのぐらい。その時は本当に悲しくして死んでおしまいになりたいぐらいだったそうなんですけどもお孫さん、ひ孫

≪孫が3人おります。これが割合とまあまあ世間の中流を泳いでいてくれまして、さっきも電話がかかって時々電話をかけてくれます。何だったら一緒に住んでもいいよとはいっているんですけども私がうちに帰りますと12時半でございますからねそして朝は私早いから迷惑かけませんけどもなあ孫たちの家庭を乱しますから1人で住んでも

「おひとり暮らしでしょう100歳で。

≪ええ

「毎日お勤めしてらして1人住まい。そういう不安って?

≪ええそれがね不安ということはないんですね。まあたとえばへんな不安。嫌なことがあって嫌な思いをしたってどうせすぐに死ぬんだから死ぬのは痛い思いをしたって何したって同じじゃないかと。割合年を越しますとそういう諦めがございますね。

黒柳「お孫さんもひ孫さんもいらっしゃるんですけどもまあ100歳でお1人住まいでいらっしゃる、夜はお帰りになるのは12時半で遅いんですけども土日はお一人なので電話がかかってこないこともあると。それでちょっとでも電話があるとうれしいと今おっしゃったんで私今思いましたのはやはりどういうことはないんですけどもお知り合いのまあお年を召した方が1人で住んでいらっしゃったら「どうお元気」だけでも

有馬≪そうでございますね。

「いいことが

≪長生きということがいいことか悪いことか時々まあ早く死んだらよかったなと思いますけども、例えば今日こうやって有名な徹子の部屋に出していただけるのでも100歳を超したから。100歳に感謝しなければいけない。これはいつもいろんな点で思い返します。ありがたいことです。

「私たちも本当にこうしてお元気な方、骨組みは60歳ぐらいだとお医者さんもおっしゃっているそうで。熱いものは飯上がらないと。やっぱり猫舌でいらっしゃるのですけどもそういうところを刺激するのもよくない。まあ本当に良い生活をしてらっしゃるんだと思います。これからもお元気で今度伺ってみますねお店に。

≪あのいらしてくださいまし。

「ギルビーAですよね

≪もしかしたら小川さまと一緒に

「小川さんと一緒に宏さんと一緒にそのように

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