2002年11月14日
黒柳「よくいらしてくださいました。NHKの朝のテレビ小説「さくら」でずっとこの間までほんの数カ月前までね、
高野≪3カ月ぐらい前ですね。
「本当にねぇ。撮り終わったのはねぇ。桜をやってらした高野志穂さんです。本当にお若いんで元気でしょう、なんかねぇ私寒くないのって(*高野さんがノースリーブの服を着ているため)だんだん私おばあさんみたいな気がするんですけども。もピチピチしてらっしゃるんで全然寒くないらしいですけども。本当にお元気な方で画面でもピチピチしたお元気が朝から皆さんに日本中に届いたと思うんですけども。あのうまく元気で通しました?
≪そうですねもう1回も倒れなかったんですよ。実際に。元気にそれこそこの豆乳を飲んで
「豆乳がお好きだそうで今日も豆乳って牛乳みたいに見えますけども、豆乳を毎日。だからいずいっぱい召し上がったんですってね
≪1日3杯は必ず朝昼晩と飲んでいて
「やっぱりいいんですよねぇ体にいいんでしょうね。そうでしょうね。大豆でできているんですからね。
≪大豆製たんぱくはいいと聞いたんで。
「この方は帰国子女の役でいらしたんですけども実際もすごい帰国子女で今の現在半分にすると半分以上が外国の生活の方が長かった?
≪はい12年間海外で生活をしていて
「ですから始まったときは全然海外生活の方が長かったくらい。
≪そうですね。イギリスに6年いて
「わあ!この若さでイギリスに。でもまたずいぶんお父様のお仕事の都合だそうですけども1番最初に何か
≪1歳から3歳までがバーレーンというところで
「バーレーンという国あります
≪で後の3年間シンガポールにいて、それで一回日本にちょこっと帰ってきたんです。それからまたイギリスに9歳から15歳まで6年間いました。
「マンチェスター、ロンドンといらっしゃって。終わりの方はバレエを習うということもあったんです。ですからですね後からちょっと台本をご紹介しますけども日本語、テニオハがちょっと難しかったんですってね
≪”なになにを”とか”なになにに”とかなんとなく自分の中でコンプレックスが、もしかしたら私の日本語は間違って覚えているかもしれないとかそういうちょっと不安があって
「なるほどね。普段話してらっしゃるときはおかしくはないんだけどもそれがせりふになると
≪はいすごく責任感があるじゃないですか。皆さんが見ているわけなので
「お書きになった方のねあれもありますので。一応ちょっと台本をお見せしますか。日本語は読める?
≪日本語は読めます。
「すごいわたしきれいでびっくりしたんですけどもこれで全部自分で入れるわけ?(*台本に注釈や線など書き入れる)
≪はい
「こういう色分け。皆さんここご覧になりますかここのところ”父を”特に”を”とかそういう部分は赤く。
≪送ったものとか
「となりも夕べ父が。ちちが何を。やっぱり難しかったそうですけどもそこのところは赤印。緑印のところは何とか、水色印は何とかあるんですか?
≪自分の中ではあるんですけども多分皆さんには理解していただけないんじゃないかと
「そうでしょうねえきっとね。でもこういうふうにぇ漢字は全部お読みになれる。
≪はい。
「でもねぇこうやってなかなか見るとね台本というのもあのちょっとこの辺ご覧になるとお分かりになると思いますけどもそうこのいっぱいのところなんか色見ている方が具合いが悪くなりそうな感じがするんですけども(笑)
≪はいディレクターの方にも言われたんですよね。こんなに明るくしててかえって見にくいんじゃないかといわれて
「しかもおっしゃっていることですね”父が何を話したかは知りませんけどもでも気にしないでください私の気持ちは変わりませんから”というそれだけなんですよ。
≪(笑)
「今言ったところねそれがも緑ピンクオレンジブルーオレンジグリーンと(笑)この方はで父が何を話したかというふうにねぇそれはなかなか。ただ普通に覚えるのも面倒臭いというかあの難しいですよね。お書きになった通りには。私はしょっちゅう”てにおは”は分かっているんですけども言う時にちょっと自分勝手にいっちゃったりするんですよでセリフをね。それはなかなかで大変だったと思います。でもお幸せな方で本当にいい共演者に恵まれてというかねぇよかったですよね。
≪本当にそれは1番感謝していることなんですよ。あの本当にの大勢の方に支えていただいて
「そうなんですよいろんな方がいらっしゃるんですけども中村メイコさんはあなたのおばあさんの
≪東京のグランマの役で
「何かいろいろご親切にしてくださったんですて。
≪私がその健康の面でも気をつかっているというのをご存じでそしたら手作りのお弁当を作ってきてくださっても本当に嬉しくて
「まぁお子さんをお育てになった経験がある方なので。
≪それであのいろんな私がこうバック台本が入る大きさのバックとかをくだすったりして
「そうなのご親切ですよね。何が必要かということがパッとお分かりになっんだとおもいます。それから佐々木すみえさん。素晴らしい女優さんなんですけども。あなたの肩をもんでくださった。ふつう逆でしょう(笑)
≪そうなんですよ(笑)も本当にスタッフの方にもふつう逆でしょと言われたんですけども、でも私の肩凝りが本当にひどくて。この若さでこの固さはひどいわとか言われて。一生懸命本番前にやってくださったりとか。
「でも皆さんすごいですよね。確かにいいものを作り上げようとする気持ちから出ることだとは思いますけども。でも新人のはっきり言うとほとんどカメラの前であんなにたくさんいろんなこといらっしゃったこのないあなたを後で伺いますけども、実はこの方何をオーディションで受けても全部今まで落ちてきたというもの凄い芸歴をはっきり言っちゃって何ですが
≪(笑)ちょびっとは受かっていますけども(笑)
「だいたいが。
≪ほとんど落ちていますね。
「いやそういう方多いから。松坂慶子さんもご存じでしょう松坂慶子さん?
≪はい。
「ほとんど松阪さんはほとんど全部落ちたとおっしゃりましたよ。あの若いときで児童劇団というか少女の時に全部落ちたとおっしゃっていましたしね。結構あの多いんですよそういうの。鶴田真由さんも全部落ちてしまいにはどこがいけないんですか?って聞きに行ったぐらいだったっていうから。あなただけじゃないですけどもあとでだんだんと追々に伺いますけども結果的には桜という1番すごいまあ朝のテレビ小説の主役を手にしたんですから前に落ちたことなんかどうでもいいようなことですけども今オーディションを受けてらっしゃる方々もあのまでそのことに関してはあとでゆっくり時間があれば伺いますけども、本当にそういうことをしていらっしゃったんですけどもだからそういうふうに皆さんが親切にしてくださってねそういう人を佐々木すみえさんがですよ。私なんかでも大先輩。あの方が肩をもんでくださった。それから熊谷マミさん。
≪麻実さんは同じ朝ドラ経験者で、何て言うんですがそばに横にいてくだすって私の肩をポン大丈夫って言ってくださっただけですごく重みが感じるんですよ。そのつらいヒロインを経験したという大変なこともあるでしょうにというのがわかってくださった上での肩のポンというのがしみて大変支えていただきましたね
「やっぱり朝のテレビ小説は若いお嬢さんにとっては本当にいいチャンスなんですけども。そのプレッシャーというものが並大抵のことじゃないそうでこの方にはお元気で乗り切るということがなかなかあの至難の業だそうですから。マー姉ちゃんもその辺はよく分かっていてポンとやってくれたというか。それからこのあなたの浅田美代子さんですけどもこれはあのあなたが英語教えてらっしゃる人のお母さんの役なのかしら
≪はいあの沼田家のお母さんです。
「そうですよね。ロウソクやさん
≪ロウソクやさんです。浅田さんもあの、浅田さんは私服のファッションとかが可愛らしいですよ。それで私があのうらやましいなといって言っていて、それで本当にいつもかわいいですねかわいいですねといつも私がスタジオに浅田さんがいらっしゃるのを待ちわびているんですよ。どんな格好で今回して来てくださるのかと思って。そしたらあのこれあげると言ってセーターをくださったりとかしていただいて本当に。
「そうなの。あの方も本当に面白い方でさんまさんと一緒にやっているのを見ているとね、よくさんまさんがあの方のお洋服のことをねおっしゃっていますけども
≪本当に普段の私服からとてもすてきなんです。
「あらそうなの。あの方も昔は考えてみればアイドルをやってらっしゃる時代がずいぶん長かったわけなんですから。それから本当のお母さんはハワイにいらっしゃる役が太田ひろみさん
≪はい。
「それからあのあなたの津島けい子さんですけども、津島けい子さんというとあなたからするとずいぶん年が離れているように思いますけども実はあなたは大変映画がご覧になっているので津島さんのことをよく見てらっしゃるんですってね。
≪はいもちろん7人の侍もそうですしあの昔からの私がこういう世界に入ろうと思ったときにそもそも日本の昔の映画とかというのはどういうものをやっていたんだろうということすごく興味を持ってそれで見始めたら面白くて面白くてそれであの高峰秀子さんが出演なさっている映画とかはの岸恵子さん主演の映画とか司葉子さん主演の映画とかそういうのどんどん見ていくうちに日本の映画って面白いなと思って。
「黄金期といわれる時代にで出てらした方々ばっかりですものね。
≪そういう方々がしかもそのころと私ぐらいの年齢だったりして、はー今の私にこんなおしとやかさとかそういうの感じがあるだろうかと思って
「あの方たちは皆でちょうど今のあなたぐらいの年齢でそういういろんな役をお嬢さんのお役をやっていらっしゃった
≪すごいなと思って
「そうですか。津島けい子さんはやっぱりおばあさん、おばあさまの役で。だけど本当に黄金時代の大変な女優さんでいらっしゃったからうれしかったでしょう?
≪嬉しかったです。共演者の方に津島けい子さんがいらっしゃるときいた時どうしようと思って。
「そう。うんと若い女優さんは津島けい子さんてご存じない方がいらっしゃると思いますけども本当に大変な
≪すごい緊張しました。でも大変気さくな方で全然普段はテニスとかをやってらっしゃる方で
「そうですよねあの方バレーの先生もやっていらっしゃったことがあるぐらいですから。
≪とても活発な方でイメージと違うなと思ってびっくりしました。
「映画の中のね。お嬢さん役が多かったから。私の小学校の大先輩になる方。
≪そうなんですか。
「ええトットちゃんの学校のあの方先輩。全然いつもおかわりなくね。ご主人といつも仲良くね楽しくねぇテニスとか旅とかおやりになっている方なんですけども。でもそういう方たちに全部囲まれてまあ他にもいらっしゃるんですけども。あとだじゃればっかり言ってる野口五郎さん。野口五郎さんだじゃればっかり言ってるんですって
≪はい。私日本語がまだだじゃれまで高度に行くと結構わかりにくかったりするんですけどもそれをじゃ私ように簡単なやつを言うとか言ってそれを言うのに”ここに電気のスタンドがあるでしょう?”と言ってそしてコンセントたどらされてコードといったら。あ!といって私のために高度(コード)じゃない簡単な駄洒落をいうと言って。
「そうそれは私も分かりませんでしたね。高度じゃないもうちょっと簡単な奴。
≪それと後かけてそれを瞬時にやられるので私も油断していると全然わからなくて
「なるほどで高度じゃないやつそうですか。
≪まああのそれこそササノタカシさんとか
「ササノさんもダジャレが多かったんですってね。
≪あと小沢さんと3人コンビで控えをしているロビーのところで3人でいろんなことをやってらっしゃるんですよ。それで私がもうこれ以上を聞いていたら私おかしくなっちゃうといって横を向いていると”デドー”といって急に降られたりとか
「あのまあ相手役のもしかしたら結婚するようになるようなかもしれないようなところで終わったんですがでね
≪ちょうど日本に帰ってきてもう1回というはい。
「そうですよね。とても仲よかったもちろん恋人のような小澤さんねぇ。小澤征爾さんのお坊ちゃんですけども。小沢さんも本当に感じのいい演技でしたよね。自然でねぇ。どうしてあんなに上手にできるのかなと思うと私びっくりしちゃって。そんなにいっぱい出てないですよね。映画も3本主演はしたんだけども1本目は本当にねぇ何もやってなくて初めて出た映画であとは2本はまあ少しは経験者だけどももちろん彼にとっては特にテレビのドラマは初めてだったと思うんだけども。本当に楽しくからかうところなんかね。
≪はい。2人の漫才みたいなのが大変で、皆さんに好感を持っていただいて
「学校の先生同士なんですよね。
≪はい。
「でも彼も帰国子女ではないけどもなお父様のボストンと行ったり来たりであの後半も向こうの大学に行ってボストンの大学に行ったりしているんですけどもそういうところがまったく見えないの方なのね小澤さん。どこにもボストンとか小澤征爾とかウィーンとかはそういうのがない感じがするでしょう
≪最初はあの英語をしゃべれるということは私も知らなくてそれでびっくりしたんですよね。いきなりその最初にお会いしたときにセイン・カミュさんも共演者の方でいらしたのでその時に2人でセインさんが英語で話しかけてきてくださったので私も英語で返していたら、小沢さんも混じって3人で英語でしゃべったりとかして”あ!”しゃべれるんだって。
「本式ですものね。ああそうですか。まあお元気そのもので乗り切ったというさくらさんですけどもまだまだお話しがまだまだ面白いお話しがいっぱいございますのでちょっとコマーシャルを
≪はい
黒柳「さて今日の高野志穂さんですけども。桜をおやりなった桜さんですけどもオーディションがまあ最終的には桜が受かったんでいいので今は過去の話だからいただけると思うんですけどもまあ女優になろうと一応お決めになったんですかまあそのオーディションが受からないことってすごかったんですって?
高野≪すごかったですね。本当にあの何でこんなの落ちるんだろうというぐらいにことごとく落ちまして。
「それは単数というのとかではないのね
≪いやもう何十回も。
「100の位まではいかなくて
≪いかないですけども
「まあ皆さん考えてみてくださいいこの若さでですよいっても言っても何10回のオーディションて大変ですよねぇ。毎回ねぇ。緊張していろんなその役柄をやったりやらされるわけでしょう。いろんなことで。そうでないものもいろいろあるでしょうけども。
≪あの中にはその私が特技でフラメンコとか書いてあったりするとそれをやってみてとか言われてお話と関係ないのになんでやるんだろうなと(笑い)思いながらやってみたりとかして。それで少しはアピールできたのかなと手ごたえがあるのかなと思ってもやっぱり落ちてたりとかして。
「それからこんなことやってないで早く嫁に行った方がいいようなんていう人もあったんですって
≪ありましたね。それだけいつもニコニコしているんだからあの普通にお嫁さんになった方があなたは幸せなんじゃないのとか言われて(笑)
「オーディションを受けにているのにがっかりしちゃいますよね。でも中には君こういう古い映画を見たことがあるのとかおっしゃってくださるような方もあったんですって。
≪そういう意味ではあのそういういろんなことを古い事とかも興味があるんだったらもっともっと見てもっともっと吸収できるようなことがあるんじゃないのといってくださる方もいてそうするとそれを普段言ってもらえないから逆にそういうこと言っていただくととてもなんかこうじゃもっともっと見ようという気持ちになって本当にいまは感謝していますね。そういうことを言ってくださって
「だからさっきもおっしゃったあったように日本の特に昔の古いいろんな映画をご覧になるの好きだそうでご覧になってはいらっしゃっただけども、それをおっしゃってくださる方がずいぶんご親切だと思うんですけどもそれにしてもニコニコして毎回言ってぇどうかなどかなって思うのね。私NHKの試験を受けたときに私は1回しか試験を受けたことないんだけどもそういうの。それは相当すごいをオーディションだったんですけどもテレビの女優の第1期を作るというですから。6時ぐらいまでずっと試験がずっとあったんですよ。どうせだめだと決まっていると思ったから私軽くお母さんになろうと思っていましたからね、絵本を読んでくれる教えてくれると思ったぐらいの軽い気持ちでしたからテレビがなかったですよ。その時からテレビが始まるときだったからぜんぜん軽い気持ちだったけどもそれでも嫌でしたよ筆記試験や何だのいろいろあって。しょっちゅうみんながいろいろ聞いたりするでしょう偉い大人の人が。でどうしてだろうなって受けにきているんだからしょうがないからニコニコしているけども、まずいこともいっぱいいっちゃったりなんかしてからそれをも。それからどんなだろうな張り出しみたいなのが私の場合は張り出しだったからあなたの場合はいろいろマネージャから聞いているでしょう。
(*試験の合格発表の通知が紙で張り出されるかマネジャーから聞かされるかの違い。)
≪はい。あまりにも落ちるので私のマネジャーをやってくださっている人もその辛いだろうなと思って今回も落ちたっていうのが。それが最初のころは私もそうですかと何ともないふうに聞いていたんですけど、だんだん2人とも今回もかって、今回もかって。もう3年目かもう4年目になるかみたいな。
「そうなんですよもう4年近くこの若さでですよ。4年近く100の単位にはならなかったんですけども、に近くオーディションを受けて。分かりでしょういくつぐらい受けたがねぇ。10とか20じゃないわけですからね。それをねやはりでいつもニコニコそれでもそれとあなたのマネジャーが必ず絶対あなたはそういうもの何か絶対持っているんだが絶対大丈夫って強い確固たるお気持ちがおありだったんですって。
≪はい。
「じゃあ、決まったときうれしかったでしょう。
≪嬉しかったですね!!もうどうしようと思ういました。2人でずっと頑張ってきてよかったなって。
「泣いちゃいませんでした?
≪いやもうもちろん私も泣きましたけども、
「マネジャーもきっとね
≪目がウルウルしていました
「そうでしょうね。たくさんあった中でもNHKの朝のテレビ小説の主役をなさるということは将来に約束されたようなものですからね。もちろんその方のそれからの努力とか実力によりますけども。それはそれで大変なことだとと思うんですよね。先ちょっと申し上げたように松坂慶子さん、本当に何ひとつ受かったことがなかったんですってお若い時にねぇ。どうしてなんだろう。それから鶴田真由さんも全部。しまいには鶴田さんははっきりしたご性格なので私のどこがいけないからこういうふうに落ちるでしょうか教えていただけないでしょうかって。あなたは聞きに行きたくなかった?
≪何回も思いましたね(笑)
「そうでしょう特に外国ではっきりしたはご性格でいらっしゃるんでしょ。外国の皆さんと同じようにずっとバレエ学校なんかですごくやらなければならないからそういう生活だとじゃあどうすれば今度受かるでしょうか?何があなたは欲しかったんですか?で聞きに行くわけにはいかないでしょう。
≪はいあの1回そういうことはやったことがあってその時にやっぱりあの僕のイメージに合わないって言ってるんだからそんなことを聞かれても困るっていうふうにおっしゃった方もやっぱりいらっしゃいましたね。
「なるほどね。イメージと言われちゃうとね
≪そうすると”あ!”何も言えなくなってはい
黒柳「さっきからあなたが帰国子女でいらっしゃるんであなたの桜の役をちょっと帰国子女みたいに私申していますけどももちろん見てらっしゃる方をねぇハワイで生まれた
高野≪日系4世だったんですよ。
「そうするとハワイの英語とあなたの英国の中でお育ちになったからいわゆる英語でも英国を。簡単なんでしょう英語なんだからと皆さんのおっしゃってそれが難しかったんですって。
≪難しかったですよハワイの英語てthの発音が全部dみたいになるんですよ。だからザッツというのもダッツ、ダだけで終わったりもう慣れなくてなれなくて
「そうでしょうねお手紙でも普通はレターといいますけどもアメリカでは
≪レターというから省いちゃう感じがイギリス英語ではとても難しくて。
「だからそれも日本語も難しかったんだけども英語も難しい。それでもあなたはオーディションを、女優になると決めちゃってそれでオーディションをそれだけ受けて落ちて。おうちではどうだったのかしらまずお母様はどんな風だったの?
≪家ではですねえ今までは私は結構何でも両親と話し合う母親と話し合う生活をしていたのででも桜が始まってからは一気にしゃべれなくなっちゃったんですよ。家に帰ると深夜だというのもあってあまりしゃべれないというのもあるんですけどもまず自分の中で消化してからじゃないと人に物を相談したりとか話したりはしないですね。なのでまだこうあい錯乱中というかまだ物事を消化しきれていないので話せなくて最初のころは母は何かあった?今日はどうだったの?と聞いていたんですけどもだんだん私が話したくないんだなとわかってくれて。この10カ月ぐらいずっと何も聞かずにいてくれて
「そうありがたかったでしょう。それもあるんですがその前のあなたが毎回オーディションがうまくいかない時にその時代をお母様はどんなふうにあなたを見てらしたんでしょうね。
≪その時はですねずっと私が大学を4年間行かせたつもりになってそこまでは何も言わないでいてくれるというふうに言ってくれていたんで、でもさすがにその両親も私が4年間私がここまで落ち続けるとは思っていなかったので(笑)あのやっぱりだいぶ焦っていて父親なんかはやめるのもある種の勇気だぞとかいって言われたりとかして
「でもお父様はそれだけのお仕事をなさっている方なのに事務所の方にいらっしゃって大丈夫ですかとかお聞きになったこともあったりしたようなんですけど
≪はい。私に内緒でそのこと聞いたりしたそうなんですけどもでも家では両親は2人とも何も言わずにずっと我慢して見守っていてくれた。
「じゃ桜が決まったというときはどんなでした?
≪もうもう母親は何も言わずに無表情というか静止画像から涙がガーって出てきて
「お父様は?
≪それで父親は帰ってきたときに私が受かったんだといったらウワーと爆発するぐらいの勢いで喜んでくれて。対照的だったんですよ
「でもありがたかったでしょうね。その間何もおっしゃって下さらなかったことが。
≪それは本当に感謝しています。
黒柳「まあ女優としてこれからものすごく開けていてなんていったって桜の舞台化、舞台でおやりになるんだけども。ほとんど同じ方がお出になるんですって
高野≪はい。そうなんです70%ぐらいは同じ方が出て下さって
「これはすごいですよね。
≪来年の3月に明治座でやらせていただけるんですけども。
「すごいですね。もう明治座で。
≪すごい緊張してはいるんですけども楽しみなんですよ。
「小沢さんも、
≪はい
「ユキちゃんもでる。ほとんどお出になるのね70%だったらね。じゃそれだったらユキちゃんにも初めての舞台になるから楽しみでしょう。それから映画の主役もうもうおやりになったんですって?
≪はい。あの今度来年の春ぐらいに福耳という映画で。
「すごいですねぇあなたのマネジャーがあなたは絶対に大丈夫どんなことがあっても頑張ろうっておっしゃって考えてくださったことが正しかったということになりますよね
≪これからももうようやく土俵に上がれたのでこれからもますますがんばっていきます。
「そうですよねお元気がたくさん日本中の方がで桜をご覧になってね毎日あなたに声援を送ってらしたと思いますので。本当に今日はありがとうございました
≪ありがとうございました
「よかったです。